大作大佐

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  • 事件を首謀した河本大作大佐は、予備役に回される軽い処分とされた。
  • 事件の首謀者が関東軍参謀河本大作大佐であり、実行者の名も判明していた。 半藤一利『聖断 天皇と鈴木貫太郎』より引用
  • この事件は、戦後、陸軍の河本大作大佐らが仕組んだことが事実であったとして発表された。 豊田穣『松岡洋右――悲劇の外交官――(上)』より引用
  • 張作霖事件はその一環で、関東軍高級参謀の河本大作大佐を中心に謀られた。
  • 河本大作大佐は初め村岡司令官の発意に反対したが、のちに独自全責任をもって決行したという。
  • 松木は致し方なく、たまたま日本に帰るという河本大作大佐に、その件を依頼した。 豊田穣『松岡洋右――悲劇の外交官――(上)』より引用
  • この張作霖爆殺事件は当初から関東軍の参謀・河本大作大佐の策略であるとの説が有力であり、第二次世界大戦終結後に明らかにされたいくつもの証拠により現在では通説となっているが他説も多い。
  • ここにでてくる河本大作大佐が、満洲軍閥の頭領・張作霖を爆殺したのは、実に昭和三年六月のことなのである。 半藤一利『指揮官と参謀 コンビの研究』より引用
  • 関東軍に出仕し、1928年の張作霖爆殺事件の際には河本大作大佐の部下として実行部隊を指揮する。
  • 二人はともに陸軍中央の研究団体である一夕会の会員であり、張作霖爆殺事件の首謀者とされた河本大作大佐の後任として関東軍に赴任した。
  • 後に、昭和三年六月奉天で河本大作大佐らの手によって張作霖爆殺事件が起ったが、このときの総理は田中義一である。 豊田穣『松岡洋右――悲劇の外交官――(上)』より引用
  • その立案者は作戦参謀・河本大作大佐で、彼はこの年六月四日、奉天に帰ろうとした張作霖の列車を同駅の近くで爆破し、張作霖を死亡せしめた。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • 昭和3年6月4日、関東軍の参謀河本大作大佐による張作霖爆殺事件が勃発した。
  • こう見てくると、昭和四年五月、張作霖爆殺で退役処分になった河本大作こうもとだいさく大佐の後任として板垣が関東軍高級参謀に赴任してきたことは、マルスの最大のいたずらだったような気がする。 半藤一利『指揮官と参謀 コンビの研究』より引用
  • 張作霖爆殺事件に関しては、一次史料に基づく先行研究に依拠して河本大作大佐を中心とする日本陸軍の犯行であることは明らかであるとし、「張作霖爆殺はコミンテルンの仕業」との説を陰謀論にすぎないと批判している。
  • 爆破の主謀者は関東軍参謀河本こうもと大作大佐であった。 角田房子『一死、大罪を謝す』より引用
  • 関東軍高級参謀の河本大作大佐が、あたかも国民政府のスパイのしわざのように見せかけて張作霖を爆殺し、これを機に日本軍が南満州一帯を制圧して日本の勢力下に納めてしまおうという陰謀を、西園寺は鋭く見抜いたようだ。 勝田龍夫『重臣たちの昭和史 上』より引用
  • 関東軍司令部では、国民党の犯行に見せ掛けて張作霖を暗殺する計画を、関東軍司令官村岡長太郎中将が発案、河本大作大佐が全責任を負って決行する。

大作大佐 の使われ方