外務省御用掛

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  • 後に外務省御用掛となり、明治23年には貴族院議員となった。
  • その後帰国して外務省御用掛となったが、この時の外務卿はあの尾去沢事件で誼を通じた井上馨であった。
  • 明治12年に日本に帰国し、明治13年から外務省御用掛・外務省取調局に勤務する。
  • 箕作麟祥の英学塾に学んだ後、慶応4年7月に新政府の海軍省翻訳方に出仕し、以降文部省・統計寮・外務省などを転々とし明治11年1月に外務省御用掛を免職となるまで翻訳業務に従事した。
  • 藩校修猷館、大学予備門を経て、1883年7月、東京大学文学部を卒業し、同年10月、外務省御用掛となり公信局に勤務する。
  • 同年4月6日、外務卿井上馨より、ペルシアと日本との国交樹立や貿易の準備のための情勢調査の命を受けて、外務省御用掛の正春を正使、陸軍工兵大尉の古川宣誉を副使とし他に商社大倉組の横山孫一郎らの商人たちと軍艦比叡に乗り出航する。
  • 学習院教授兼監事、外務省御用掛などを務める。
  • 以後、神奈川県二等属、同一等属、外務省御用掛、神奈川県書記官、同参事官、臨時横浜築港局次長を歴任した。