塩田真

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  • これは毎度話しに出た彼の塩田真氏の世話で参った人であります。 高村光雲『幕末維新懐古談』より引用
  • 米国シカゴの博覧会には、日本から塩田真氏などが渡米されました。 高村光雲『幕末維新懐古談』より引用
  • 塩田しんさんの語る所はしもの如くである。 森鴎外『伊沢蘭軒』より引用
  • それは塩田しんさんの語る所で、榛軒等が七代目団十郎の勧進帳を観たと云ふ一事である。 森鴎外『伊沢蘭軒』より引用
  • 帰国後の明治10年に塩田真とともに江戸川製陶所を設立したが、7年後に閉鎖している。
  • しかし塩田真さんの語る所に拠れば、当時の此二家の平和なる生活を窺ふに足るものがある。 森鴎外『伊沢蘭軒』より引用
  • これは塩田真氏が帰朝してのお話であります。 高村光雲『幕末維新懐古談』より引用
  • 塩田しんは既に屡此伝記に出でた人物である。 森鴎外『伊沢蘭軒』より引用
  • 六年二月孫の家がけ、悉く資財を失ひ、塩田真に救はれて僅に口を糊した。 森鴎外『伊沢蘭軒』より引用
  • 塩田まさしさんの談に、蘭軒は人に勧めて雲麾碑うんきのひを臨せしめたと云ふ。 森鴎外『伊沢蘭軒』より引用
  • すると、やや暫くして、会場の方に当って、塩田真しおだまこと氏がり足であっちこっちを駆けているのがこっちから見えました。 高村光雲『幕末維新懐古談』より引用
  • それは当時の塩田良三りやうさんで、即今の塩田しんさんである。 森鴎外『伊沢蘭軒』より引用
  • 磐は全家ぜんかの塩田真の許に寄留せむことを、「第一大区十一小区扱所」に稟請した。 森鴎外『伊沢蘭軒』より引用
  • 幸い、美術協会の関係でかねて協会員として懇意の人々のこと故、塩田真氏、前田健次郎氏、平山英造氏、大森惟中氏などを頼んで相談相手となってもらいました。 高村光雲『幕末維新懐古談』より引用
  • そうすれば、理事、会長の考えで処置されるであろうというので、幹部へ持ち込んだものですから幹部の山高信離、松尾儀助、岸光景、山本五郎、塩田真、大森惟中諸氏の手に掛かることになりました。 高村光雲『幕末維新懐古談』より引用
  • その人たちというのは、山高信離やまたかのぶあきら、山本五郎、納富介次郎のうとみかいじろう松尾儀助まつおぎすけ、大森惟中いちゅう塩田真しおだまこと、岸光景みつかげ等十人足らずの諸氏でありました。 高村光雲『幕末維新懐古談』より引用
  • 本会の成立について、特に尽力をされた人々は旭玉山、石川光明、島村俊明、金田兼次郎、塩田真、前田健次郎、大森惟中、平山英造の諸氏で、事務所は仮りに玉山先生の自宅に置き、当分同氏が事務を扱ってくれました。 高村光雲『幕末維新懐古談』より引用