城主格に任じ

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  • 正室が蜂須賀氏の出であったことから、天保10年に城主格に任じられた。
  • 柳間詰で5万石以上の大名は大抵、城主か城主格に任じられていた。
  • そして嘉永5年12月27日には信長以来の名族ということもあって、城主格に任じられた。
  • 若年寄を3度も歴任した功績を認められ、城主格に任じられた。
  • 正敦は文政8年4月に城主格に任じられたが、翌年10月10日に再び佐野へ移封となったため、堅田藩は廃藩となった。
  • 意次は第10代将軍・徳川家治のもとで宝暦12年2月15日に5000石、明和4年7月1日には側用人に栄進して5000石を加増されて2万石の大名となり、さらに城主格に任じられて相良城の築城を許された。
  • その藩政における尽力を幕府からも認められて、天保7年4月、萩藩主・毛利斉元の内願を入れて城主格に任じられ、所領も4万石に加増された。
  • 安政元年内海台場築造用掛を命じられ、万延元年4月15日には城主格に任じられ、本丸造営御用掛に就任、5月には国益主法御用掛、外国貿易筋御用掛に就任した。