城主格となり

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  • 与板藩の藩庁で後に与板藩が城主格となったため与板城とも呼ばれる。
  • 嘉永3年8代・直寛は幕府公役の勤を評され城主格となっている。
  • 天明3年5月、父・重就による幕府への嘆願で城主格となった。
  • 明和4年には家治の命によって神田橋御門内に屋敷を与えられ、築城を許可されて城主格となった。
  • 文化元年、井伊直朗の時に城主格となり、その後築城を始め、文政6年に完成した。
  • 第9代藩主・鍋島直堯は、文化13年に肥前藩から独立して城主格となることを望んだが、肥前藩より却下された。
  • 元禄6年には城主格となり、元禄7年8月21日には弟の顕寛が旗本寄合席に列した。
  • 寛延元年11月、勝清は2万石に加増されて城主格となる。
  • 第3代藩主・水野忠韶も奏者番・大番頭を経て文化5年11月に若年寄に就任、文政8年には城主格となった。
  • 天保11年間部詮勝が老中に就き、同時に城主格となり築城が許されたが、実現せずに終わった。
  • 大坂加番や奏者番を勤め、天明元年9月には西の丸若年寄、文化元年8月には城主格となり、参勤交代を行うことが義務化された。
  • 寛永10年3月23日に松平信綱らと共に六人衆となると、その後に相模・常陸・甲斐にそれぞれ5千石を得て、2万5千石で城主格となる。
  • 寛文9年9月29日、兄の高久から伊勢11郡5万石を分与されて、津藩の支藩である久居藩を立藩し、その初代藩主・城主格となった。
  • 嘉永元年10月18日、城主格となる。
  • 安政5年に城主格となる。
  • 宝永2年1月、城主格となり、安中城を改修する。