坂田藤十郎

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  • この型は三代目實川延若を経て今日では四代目坂田藤十郎に伝わっている。
  • 兄たちや四代目坂田藤十郎らと関西歌舞伎の復興に力を入れている。
  • これは平成18年7月大阪松竹座において、四代目坂田藤十郎が復活させた。
  • 元禄時代に初代坂田藤十郎が近松門左衛門と提携して和事の芸を完成させた。
  • 関西の年配者には今でも坂田藤十郎のことを「センジャクはん」と呼ぶ者も多い。
  • 最後は四代目坂田藤十郎による口上と大阪締めで終了した。
  • 二本目のお銚子ちょうしにとりかかった時、どういう風の吹き廻しか、ふいと坂田藤十郎の事が思い浮んだのです。 太宰治『風の便り』より引用
  • それは「坂田藤十郎の恋」と云ふ、徳川時代の名高い役者を主人公にした一幕物だつた。 芥川竜之介『あの頃の自分の事』より引用
  • 父は四代目坂田藤十郎、母は扇千景、弟に三代目中村扇雀がいる。
  • 四代目坂田藤十郎も義太夫の発声法を若い頃に教わっている。
  • 夫である四代目坂田藤十郎との間に、長男・歌舞伎役者の五代目中村翫雀、次男・三代目中村扇雀の二人の息子がいる。
  • 元禄時代を中心に、京都や大阪などで発展した上方歌舞伎を完成に導いた坂田藤十郎の髪を舞台用に結い上げていたのが床山の始まりといわれている。
  • また兄は歌舞伎役者の四代目坂田藤十郎、その子に五代目中村翫雀・三代目中村扇雀兄弟がいる。
  • お徳は三代目中村梅玉、七代目尾上梅幸、二代目中村鴈治郎らが得意とし、現在では四代目坂田藤十郎が得意としている。
  • 長いまつげをまぶしそうに伏せて其角に会釈えしやくしたのは、やつれた坂田藤十郎さかたとうじゆうろうだった。 つかこうへい『つか版・忠臣蔵』より引用
  • 上方歌舞伎の演出は戦後衰亡したが、近年、三代目市川猿之助や四代目坂田藤十郎らの努力で再評価されている。
  • 気のすすまぬ兄上をむりに誘い出して万太夫座とかいう戯場げじようへ坂田藤十郎を見に出かけた。 杉本苑子『絵島疑獄(上)』より引用
  • ほか、坂田藤十郎なども、初代があまりに偉大であるため事実上の止め名となっていたが、3代目中村鴈治郎が4代目を襲名した。
  • こうしたうわさが、かまびすしくなるにつれ、ひそかに腕をこまねいて考え始めたのは、坂田藤十郎であった。 菊池寛『藤十郎の恋』より引用
  • 亡くなる前は四代目中村雀右衛門、四代目坂田藤十郎などとともに梨園の大御所としての存在感を示した。
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坂田藤十郎 の使われ方