坂田三吉

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  • ここ新世界は、型破りの棋士として有名な坂田三吉さかたさんきちの活躍した舞台だ。 姉小路祐『動く不動産』より引用
  • 坂田三吉は定跡に挑戦することによって、将棋の可能性を拡大しようとしたのだ。 織田作之助『可能性の文学』より引用
  • 大阪には異色ある人物は多いが、もはや坂田三吉のような風変りな人物は出ないであろう。 織田作之助『可能性の文学』より引用
  • 昭和十二年、坂田三吉は木村義雄との対戦で長考六時間という記録を出している。 永六輔『役者その世界』より引用
  • しかも、その手を指した坂田三吉は「南禅寺の決戦」で負けているのである。 夢枕獏『風果つる街』より引用
  • 「銀が泣いている」と言った坂田三吉の気持が、岩宮武二にも脈々としているのだ。 小堺昭三『カメラマンたちの昭和史(3)』より引用
  • この芝居の中で、坂田三吉が関東名人・関根金次郎と戦って泣く場面がある。 草柳大蔵『実力者の条件 この人たちのエッセンス』より引用
  • 彼はようやく、関西名人を名のって東京棋界と絶縁した坂田三吉になることができたのである。 小堺昭三『カメラマンたちの昭和史(3)』より引用
  • まして、後手で大事な対局にそれを実験してみたものは、あとにも先にも坂田三吉ただ一人であった。 織田作之助『可能性の文学』より引用
  • それも、坂田三吉が京都・南禅寺の勝負で長考したというような、日本の棋史に残る大勝負のためではない。 草柳大蔵『実力者の条件 この人たちのエッセンス』より引用
  • また、坂田三吉を書いたのではありません。 織田作之助『吉岡芳兼様へ』より引用
  • 以前、ぼくは『岩宮武二物語』を書いたとき、彼のことを「写真界の坂田三吉」だと呼んだものだ。 小堺昭三『カメラマンたちの昭和史(7)』より引用
  • 当時関西の将棋界は坂田三吉八段と、神田七段を中心として大阪朝日新聞が支援する「十一日会」が、東京の日本将棋連盟と対抗していた。
  • また、桂馬の動きを八方桂にする古将棋に倣った珍しい坂田三吉との対戦棋譜が残っている。
  • 将棋の坂田三吉は木村義雄との対戦で娘を同席させた。 永六輔『芸人その世界』より引用
  • 性格俳優への転機は、1977年の東京宝塚劇場公演『王将』で坂田三吉を演じたことだった。
  • その家の人びとは宵の寝苦しい暑さをそのままぐったりと夢に結んでいるのだろうか、けれども暦を数えれば、坂田三吉のことを書いた私の小説がある文芸雑誌の八月号に載ってからちょうど一月が経とうとして、秋のけはいは早やこんなに濃く夜更けの色に染まって揺れているではないか。 織田作之助『勝負師』より引用
  • やはり彼は「写真界の坂田三吉」である。 小堺昭三『カメラマンたちの昭和史(3)』より引用
  • 将棋棋士の坂田三吉・木見金治郎が対戦した八方桂の実戦譜が残存している。
  • 大阪の棋士で名人といわれた坂田三吉を、大阪出身の北條秀司氏が「王将」という戯曲にした。 戸板康二『新々ちょっといい話』より引用
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