国体論及び純正

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  • それは膨大な『国体論及び純正社会主義』の解説をいかにするかということである。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • 彼が霊告なるものを感じ始めたのは、この『国体論及び純正社会主義』を書いていた時のことであった。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • 明治三十八年八月、『国体論及び純正社会主義』の執筆にかかる。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • その第一期の纏めであり、中央論壇への挑戦が『国体論及び純正社会主義』であったことはいうまでもない。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • そして北の周囲に群がる人々が、多様であるように、北の思想も二十三歳の時に書いた『国体論及び純正社会主義』のような純粋かつヒューマニズムの筋の通ったものではあり得なかった。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • そして『国体論及び純正社会主義』執筆当時の北一輝の読書と執筆ぶりを見て、ある点では北は天才であったのではないか? 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • こうして次々に印刷屋に逃げられたが、一冊の本になったところをみると、ひょっとすると、『国体論及び純正社会主義』は、印刷費がただで出来あがったのかもしれない。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • また日本の北一輝による「国体論及び純正社会主義」などは、宗教的権威としての天皇を頂点とした一種の国家社会主義であり、宗教社会主義の側面も持っていると言える。
  • しからば北の処女出版である『国体論及び純正社会主義』とはいかなる内容、主張を盛ったものであるのか? 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • まず北一輝の国家観、天皇観であるが、これらは先に書かれた『国体論及び純正社会主義』などにその萌芽をみることが出来るので、一応これをおいて、民衆に関係の深い「私有財産」の項から検討してみたい。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • 北一輝の特色の一つに、『国体論及び純正社会主義』にあるように、論理を展開する時、ダーウィンの進化論を借りて展開するという方法論がある。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • 北一輝の『国体論及び純正社会主義』には、観念的な総論はあったが、現実的な各論が欠落していた。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • そのことを論理的に批判したのが木下尚江であり、それを国体論=革命論に仕立てたのが北一輝の『国体論及び純正社会主義』だった。 松本健一『われに万古の心あり』より引用
  • 彼の『国体論及び純正社会主義』はその第一歩である。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • 四十一年頃の北一輝は、苦心の作品である『国体論及び純正社会主義』は発禁となり、貧困を極めていた。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • 北一輝は『国体論及び純正社会主義』で天皇機関説に基づき天皇の神格化を否定し、山路愛山の国家社会主義などを批判した。
  • 彼の語学力は、ザットのイットのとやっていたころであるから、原書を読む力はなかったはずで、翻訳書を読み漁って書いたのが、『国体論及び純正社会主義』である。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • そうして自分の思想は孔孟の教えと同様であると考えて、孔孟社という看板を掲げて『国体論及び純正社会主義』を分冊にして自費出版することにした。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • 六月に入ると早稲田署から警官がやってきて、発禁の書類を北に示し、残った僅かな『国体論及び純正社会主義』を、持ち去った。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
  • さて二十三歳で『国体論及び純正社会主義』を書いて天才ぶりを示した北の論旨について、本編に必要な重点は論じたが、そのすべてについて論及することは出来ないので、後の北一輝の動きに関係のある小見出しを列記するに留めたい。 豊田穣『革命家・北一輝』より引用
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