国体観念

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  • そういう事実を踏まえてみると、山本悌二郎の国体観念は一貫していたと言えそうである。 和田利夫『昭和文芸院瑣末記』より引用
  • 決して抽象的ではなく相当具体的なのだが、国体観念や国民精神というものがなおまだ抽象的だという心配があるなら、それが現政府に於て事実上何を指しているかを挙げて見せよう。 戸坂潤『社会時評』より引用
  • 歴史に関する情操が陶冶されぬところに、国体観念などというものを吹き込み様がありますまい。 小林秀雄『考えるヒント 3』より引用
  • 国体観念というものは、かくかくのものと聞いて、成る程そういうものと合点する様な観念ではない。 小林秀雄『考えるヒント 3』より引用
  • アジア主義や王道主義の声は衰え農本主義の教説は無用となり、独り絶対主義・国体観念だけが日本精神の中心に置かれることとなる。 戸坂潤『辞典』より引用
  • この運動は、国体観念を明徴にし皇道翼賛の実を挙げ、道義日本を確立して世界平和の実現を期するというにあった。
  • また国体観念の普及や、仏教館での大仏開眼供養を行うなどして宗教的な信念の涵養も図られたとされる。
  • 元来、勤皇思想は国体観念と聯繋してゐるのだが、外国問題も、当然国家意識を喚起させた。 菊池寛『二千六百年史抄』より引用
  • 中等以上の学校に入学しない青少年の心身を訓練し、国体観念を習得させ、臣民としての資質を向上させるというのが事実上の目的であった。
  • どうやら国民精神教育も、知育偏重反対とか国体観念の養成とかいう、二階から眼薬式の形態を脱却して、実際的になって来たようである。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • 最近は、所謂新体制ということで、国民学校などの歴史教育に関しても、いずれいろいろな革新が行なわれる事を、僕等は期待しているわけでありますが、ただ国体観念の明徴を期するという様な事を方針の上でいかに力んでみたところで、諳記してやがて忘れよ、という実際の教え方が根本から改まらなければ、何にもなるまい。 小林秀雄『考えるヒント 3』より引用
  • 例えば浅野晃みたいに、漱石や鴎外は国体観念がないから一流作家ではないという馬鹿げたことをいい出す。 山田風太郎『戦中派不戦日記』より引用
  • ここでも亦国体観念の権威の下に、過去の日本民族の生活意識と銘打たれたありと凡ゆるものが、国民道徳として固定化されようと企てられた。 戸坂潤『思想としての文学』より引用
  • だが、陸相がどう思おうと、陸軍の方針がどうであろうと、万世一系の天皇制を護ることこそ国体であり、その国体は裕仁天皇個人のものではない、天皇の国体観念は誤っている、と考える青年将校のグループがあった。 半藤一利『聖断 天皇と鈴木貫太郎』より引用
  • ここまで来ると思想善導、国民精神作興、国体観念宣伝は、ついに動員計画にまで落ちつくのである。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • この結果、芦別村には2つの村社が並立することになり、一村一社とする国策に沿わない状態となったが、これは「敬神思想の勃興であり国体観念の強化を体現」しているとされて認められた。
  • しかし、国体観念は強烈にふきこまれているから、これを日本に採用することは、例え為政者が許しても、恐らく不可能であろう。 山田風太郎『戦中派虫けら日記』より引用
  • 「神国日本」の国体観念を徹底させようという動きが時節により強められていたため、これらの行事は押し並べて神道色の強いものであった。
  • 吾々は口うるさい婦人雑誌などの云うことには眼もくれず、日本国民の一人として、黒田嬢のこの国体観念的、国家発展的、決意を讃え、その結婚生活の幸多からんことをひたすら衷心祈るものである。 戸坂潤『社会時評』より引用
  • これら水戸学者の著作は幕末の志士たちの間で広く読まれたことから、「国体」の語が一般に通用するとともに、水戸学流の国体観念が明治維新の原動力となる。
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