国体明徴

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  • ただ、機関説事件や一連の「国体明徴」運動を巡って昭和天皇が具体的な行動をとった形跡はない。
  • 明朗会は日本主義の立場で、皇道精神・国体明徴を訴えた。
  • なぜというに国体は不動であるに拘らず、国体明徴運動は之までの歴史で忘れられたり怠られたりした。 戸坂潤『思想動員論』より引用
  • 神勅や万世一系が冒頭で強調されており、国体明徴運動の理論的な意味づけとなった。
  • 之より先、十一日には在郷軍人の東京市連合会の「国体明徴臨時大会」なるものが開かれ、全市郷軍代表一五〇〇名来賓三〇〇名からの出席があった。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • 当時の内閣が内審を唯一の頼みにしていると同じに、政友会は今や国体明徴運動を唯一の頼みの綱にし始めた。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • 云うまでもなくこの国体明徴運動は、必ずしも政府そのものの創意に基くものでもなければ、又政府が本当に自発的に意図したものでもなかった。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • だが政友会は、政友会がなくても国体明徴運動に何の損失もあり得ない、という点には目はつぶっていたのである。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • 処が無知な政友会は、国体明徴と挙国一致とは何か別のものであるかのようにいわざるを得ない羽目に陥ってしまったのである。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • 十月十五日、政府はとうとう「国体明徴に関する第二次声明」を発表することになった。 勝田龍夫『重臣たちの昭和史 上』より引用
  • それだけ政友会にとっては国体明徴・美濃部排撃・はますます頼みの綱になるわけなのだ。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • そう思って見たせいか、政友会の国体明徴騒ぎは、政友自身その頃どうも少し気がひけていたのではないかと思う。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • ここに挙国一致なるものの現代政治原則としての重大さがあるのであって、国体明徴といえどもこれに結びつかなければ、何等の政治的実質を受け取ることは出来まい。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • 事実思想善導と云っても国民精神作興と云っても、又国体明徴運動と云っても、夫が為政者や類似為政者の仕事を指すものではあっても、一般の民衆と何か関わりのあるものだというような印象は受け取ることが出来なかっただろう。 戸坂潤『思想動員論』より引用
  • 国体明徴論は国体明徴論でただ一向きに押して行けばいいのに、云うまでもなくそういうものでは云わば伝道のようなものではあっても政治にはならぬので、之に政治的な形態を与えようとすれば、勢い重臣排撃とならざるを得ない。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • 尤も国体明徴主義と明徴なる国体そのものとの間には、必ずしも必然的な一致があるわけではない。 戸坂潤『思想動員論』より引用
  • その結果天下の形勢はどうやら、国体明徴派と内閣審議会派とに分裂して行くらしく見えた。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • 同盟会は大弐の事績を教授することが「国体明徴」に直結するという論理を展開し、中央に向けて運動を行った。
  • 滝川事件・天皇機関説事件に対して国体明徴運動が発生すると日本政府は1935年に国体明徴声明を発表、陸軍皇道派の青年将校による二・二六事件が発生した。
  • そして、こうした日本精神教育が、今日では全く文部省の管轄外であって、国体明徴の場合でも明らかであったように、もっと外の管轄にぞくすることは、有名だ。 戸坂潤『思想と風俗』より引用
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国体明徴 の使われ方