国体の本義

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  • 近代では例えば「国体の本義」において次のように用いられている。
  • 実践すべきとする具体例は第三章にあるが、「国体の本義」がその基となっている。
  • 日本の国体の本義はこの絶対主義にあるのであって、日本精神とは取りも直さずこの国体意識だということに結着した。 戸坂潤『辞典』より引用
  • また、国民精神の作興を掲げて『国体の本義』を発行し、文化勲章を制定した。
  • 我国民の思想指導及び学問教育の根本方針は何処までも深く国体の本義に徹して、歴史的現実の把握と世界的世界形成の原理に基かねばならない。 西田幾多郎『世界新秩序の原理』より引用
  • 国体の本義とは、昭和13年、「日本とはどのような国か」を明らかにしようとするために、当時の文部省が学者たちを結集して編纂した書物である。
  • 云うまでもなくわが国体の本義は、古来炳固として明らかであり今更国体明徴の論をまつまでもない。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • そしてこの体制を「国体の本義」と考えたことが、いかにユダヤ人を政治低能にしたかは、プソイド・メシア物語の系譜をたどれば明らかであろう。 ベンダサン『日本人とユダヤ人』より引用
  • また、教部省廃止以降もその思想的展開として、東京帝国大学で宗教学を講じた加藤玄智は『我が国体の本義』で「現人神とも申し上げてをるのでありまして、神より一段低い神の子ではなくして、神それ自身である」と述べている。
  • これが国体の本義である。 石原莞爾『戦争史大観』より引用
  • 第2次声明では、「機関説は国体の本義に反する」とするに留まっていた第1次声明よりさらに進んで、「機関説は芟除されるべし」とされた。
  • さらに政友会・軍部・右翼は国体明徴運動を政治利用、各地の在郷軍人会を中心とする機関説排撃運動が全国的に展開されたため、岡田内閣はその対応策として1935年8月3日「国体明徴に関する政府声明」を発し、天皇機関説は国体の本義に反するとした。
  • 「大東亜戦争」の開始日に由来する名称を持つこの八日会の「信条」は、「我等は一切の行動を国体の本義に発す」「我等は大詔を奉戴し断じて戦ひ断じて勝つの信念を以て行動す」というものであった。
  • 国史や国文の類の時間を殖やし、教学刷新評議会は「国体の本義」の内容を決議し、更に教学局の新設も予定されている。 戸坂潤『社会時評』より引用
  • 著名な国語学・文法学者であり、文部省起草「国体の本義」起草にも関わったとされる山田孝雄は1910年「大日本国体概論」を出版し身体論的国家観を提示した。
  • この翼賛政治会は「国体の本義に基き、挙国的政治力を結集し以て大東亜戦争完遂に邁進せんことを期す」「大東亜共栄圏を確立して世界新秩序の建設を期す」などの四綱領を掲げた。 保阪正康『東條英機と天皇の時代(下) 日米開戦から東京裁判まで』より引用
  • 貴族院で某議員が美濃部達吉博士の天皇機関説が、国体の本義と相容れない所以を述べた処、それが意外に世間の反響を呼び起して、ここにもあすこにも美濃部学説打倒、自由主義憲法学説禁止の声が起こり、果ては学匪美濃部一派の撲滅をさえ唱えだす騒ぎとなった。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • こうして『国体の本義と其強化の提唱』は革新思想の中核に立ち、二・二六事件後の十二年五月には、形をかえて文部省編『国体の本義』として公刊されて、国民の精神総動員を担うことになる。 勝田龍夫『重臣たちの昭和史 上』より引用
  • 文相斎藤総理大臣は更に、「国体の本義に基き益々我が国民精神を作興し国本を培養して皇運を扶翼し奉るの特に急なるを」訓辞した。 戸坂潤『社会時評』より引用