四隅突出型古墳

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  • これについてはあとでまたみることになるが、その呉羽丘陵の杉谷台地にある四隅突出型古墳は、さきに来てみたときと少しも変わりなくそこにあった。 ...
  • 当然、この四隅突出型古墳の発見はいろいろな論議をよびおこした。 ...
  • 目ざす四隅突出型古墳はおなじ呉羽丘陵でも、そのさきの杉谷にあったからである。 ...
  • 古墳については、一般的にいって、四隅突出型古墳という古い形式のものが国府のある東部に多く、後期の大古墳は西部に多い、というのが従来の考え方でした。 ...
  • しかしこの日は私たちのほうの時間のつごうで、最近発見されて問題となっている呉羽丘陵の四隅突出型古墳に案内してもらい、それだけで次回を約してわかれた。 ...
  • たとえば、さきにみた呉羽丘陵の杉谷台地、日本の古代史にとって画期的な意義を持つ四隅突出型古墳の発見されたそこはどうなるのか、富山県と国とはこれからそこをどうするのか、というようなこともあったからである。 ...
  • 富山市の西部にある杉谷古墳群の中にこれまで山陰・出雲地方にしか発見されていなかった四隅突出型古墳があることが、富山市教委の調査でわかった。 ...
  • やがて午前十時すぎ、私たちは米沢さんといっしょになり、まず、さきに来たとき見せてもらったことのある呉羽丘陵の四隅突出型古墳からたずねることにした。 ...
  • 呉羽丘陵の杉谷台地で発見された四隅突出型古墳が大陸、すなわち朝鮮からのいわゆる「直行文化」であるかどうか、それは今後の正式発掘調査によって、いっそうはっきりするにちがいない。 ...
  • それから、これは本書「四隅突出型古墳のこと」の項でみた越中の呉羽丘陵に関してであるが、まず、私は四六判の本書が出た直後、東京の八王子市館町に住む大門光男氏から、次のような手紙をもらっている。 ...
  • そしてなおまた、杉谷台地のそれが四隅突出型古墳であることを現地で確認した石川県郷土資料館資料課長の吉岡康暢氏や、和洋女子大学教授の寺村光晴氏も、以上の二氏とほぼ同意見であるという。 ...
  • たとえば右両紙のそれによると、こんどの四隅突出型古墳の発見について、富山大学名誉教授の高瀬重雄氏はこうのべている。 ...
  • 杉谷台地の四隅突出型古墳は、みぞの中から発見された数十片の土師器から、三世紀末から四世紀はじめにかけてできたものと推定されるが、これは、近畿地方に古墳ができ始めたとされる時代より半世紀ほど古く、安来市の仲仙寺古墳群とほぼ同時期。 ...
  • 四隅突出型古墳は出雲地方の島根県安来市西赤江町の曹洞宗仲仙寺の裏山で四十五年七月に発見されているだけ。 ...
  • 呉羽丘陵ではほかにまた、「県内最古の須恵器の窯跡」「呉羽窯業の発祥を証明」するというそんな窒跡も、四隅突出型古墳につづいて発見されていた。 ...
  • このことについては、出雲の仲仙寺ではじめて四隅突出型古墳を発掘した島根大学名誉教授の山本清氏も、「大和朝廷が近畿地方から勢力を伸ばしはじめる四世紀中葉以前に出雲を中心にした一大勢力圏があり、富山を含めた越前、越中、越後もその勢力圏内にあった」とのべている。 ...