喜多石見

16 の用例 (0.00 秒)
  • と、その時、玄関に聞きなれた男城の河喜多石見の声がした。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • ふすまの開く音が聞こえ、次の間に河喜多石見の声がした。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • いいかけて、傍らの河喜多石見、池田六兵衛、佳代らを見、口をつぐんだ。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 明智家から玉子にいてきた家臣の河喜多石見が、その死を玉子に伝えた時、玉子は思わず微笑するところであった。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 河喜多石見は、短冊をうやうやしくさし出しながら玉子に告げた。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 河喜多石見いわみででもあろうか。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • このまま玉子は、あるいは一生を味土野の地に送るのではないかと案じてもいた河喜多石見は、万感胸に迫り、涙をとどめ得なかったのだ。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 三月、里に下りる道がつくと、河喜多石見と池田六兵衛が、死産の報を忠興に伝えた。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 襖がさらりと開かれ、河喜多石見を従えた松井康之が平伏していた。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 河喜多石見は玉子に従って、明智家より細川家の家人となり、千石の知行を得ている実直な男である。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • ふいに河喜多石見がはらはらと落涙した。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 玉子の嫁入りに従って、明智から細川家に入った河喜多石見には、坂本城での幼かった玉子を知っているだけに、痛わしくてならなかった。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 使者の前に、河喜多石見は答えた。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 細川家には、小笠原少斎、河喜多石見、稲富鉄之助をはじめ、十人に満たぬ武士が留守を守るだけだ。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 玉子の遺骨は、殉死した河喜多石見や、小笠原少斎、初之助たちと共に、大坂の崇禅寺そうぜんじの境内に手厚く埋葬された。 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』より引用
  • 慶長5年6月、細川忠興が会津征伐に従軍すると、家老であった秀清は、河喜多石見一成、稲富祐直らとともに大坂屋敷の留守居を命じられた。

喜多石見 の使われ方