喜多流

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  • 喜多流とは、日本の伝統芸能である能楽のうち、能のシテ方の流派である。
  • 実子はなく、養子に後藤家より喜多実が入って喜多流十五世宗家を継承している。
  • 喜多流は創流以来座付制度を取らず喜多座と呼ばれることはなかったので、五座ではなく四座一流となる。
  • 喜多流は最も新しく起ったものである。 夢野久作『能とは何か』より引用
  • 吾が喜多流の根本精神が、かような進化の道程と合致している好例証である。 夢野久作『「生活」+「戦争」+「競技」÷0=能』より引用
  • 初代市川団十郎が殺されたことは有名だが、能の喜多流二代目も、舞台から楽屋に入ってきたところで刺し殺されている。 永六輔『役者その世界』より引用
  • 淑真とはのち、ともに14世六平太を助けて喜多流復興に尽力することとなる。
  • 三郎兵衛は直樹に三歳頃から大学や論語の素読を教え、喜多流の謡曲を教えた。 夢野久作『ドグラ・マグラ』より引用
  • 大和猿楽四座は江戸時代に入ると江戸幕府の正式な音楽担当者と位置づけられ、金剛座から分かれた喜多流を加えて四座一流と呼ばれた。
  • 喜多流に非ざれば能楽に非ずという勢いであった。 夢野久作『梅津只円翁伝』より引用
  • その後の13年間は囲碁から遠ざかり、喜多流を陰で支えることに専念した。
  • 江戸時代は観世・宝生流の所演曲となり、後期になると金剛・喜多流も演じるようになる。
  • また喜多流の古老として、若き宗家・14世喜多六平太を支えた一人である。
  • 皆只圓先生の真似をして喜多流のふしを謡っている。 夢野久作『梅津只円翁伝』より引用
  • なお、家康も秀吉と同じく大和四座を保護していたが、秀忠は大和四座を離れた猿楽師であった喜多七太夫長能に保護を与え、元和年間に喜多流の創設を認めている。
  • 将来の喜多流万々歳の瑞兆に外ならぬのである。 夢野久作『「生活」+「戦争」+「競技」÷0=能』より引用
  • 内面的に云えば在来の能の表現を一層求心的にしたもので、喜多流の能が完成すれば最も単純な、最も透徹した仮面舞台表現が出現する訳である。 夢野久作『能とは何か』より引用
  • 江戸初期に金剛流から喜多流が分派している。
  • 喜多流は金剛流より出、金春流の影響を受けつつ江戸期に生れた新興の一派であって、明治期にいたってほかの四流と同格とされた。
  • つまりは喜多流以外では主人公の名は「くまの」だと思われるが、本項では「ゆや」と音読みする。
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