唱歌集

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  • 彼はそこでタイポグラフィーと唱歌集の制作に殆どの時間を割いた。
  • さらにそれまで高学年用の唱歌集にいくつか掲載されていたにすぎなかった戦争色の強い歌が掲載された。
  • 小学唱歌集を一番から十番まで順にいチョクレと言いイーつけたのはこのわしでありますよ。 井上ひさし『國語元年』より引用
  • この改訂で満州の唱歌集はその独自色を失い、本土のものと大きく変わらなくなった。
  • 清之輔が編んだ唱歌集にはこのように後に大いに流行するものが多くられており、彼の感覚のよさには舌を巻くほかない。 井上ひさし『國語元年』より引用
  • なお、この時の改訂で唱歌集の題名は『満州小学唱歌集』に変更されている。
  • この訳詞は1889年12月に東京音楽学校が出版した『中等唱歌集』に収載された。
  • 安藤君は僕が音楽の知識のないことを知っているので、とても作曲なんぞできるはずがないと、たかを括っていたらしいが、僕は何とか唱歌集とか、学校の唱歌教科書を集めて来て、それを一ト通り読むと、まずここへこの歌を持って来る。 小林一三『宝塚生い立ちの記』より引用
  • 園山は当初編集部から大きな期待をかけられているようには感じなかったと述懐しているが、『満州唱歌集』の発行に携わり、自ら収録曲の作曲も行うなど満州唱歌の誕生に深く関与することになる。
  • こうして作られたのが『満州唱歌集』である。
  • この新体制の下、1940年に2回目の大改訂が行われ、教材名は『満州小学唱歌集』と改められた。
  • それも今日、お役所へお出しあそばした「小学唱歌集」のなかの、なにか一曲を歌って差し上げたら、それはもうおよろこびになりますよ。 井上ひさし『國語元年』より引用
  • 唱歌集についても、満州の風土は文部省唱歌に歌われている日本の風土とかけ離れておりため、満州の風土を反映させた歌を掲載したものを制作することにした。
  • この、初めて作られた唱歌集には編集部が作った歌や一般公募の歌のほか、北原白秋・野口雨情・島木赤彦・巌谷小波・山田耕筰・信時潔など、当時著名だった歌人・詩人・作曲家の作品が多く収録された。
  • 前述のように初めて発行された『満州唱歌集』には著名作家による歌が多く収録されたが、その多くは必ずしも満州の風土・風物が反映されたものではなく、編集部内部からも「満州の景物に接しない内地の名家が、果たして真に満州の子どもに適した郷土材料を作成することができるか」という批判が上がった。
  • 在学時代に「日曜学校唱歌集」を出版している。
  • 散歩の途中、一軒の本屋に寄つて、店さきの雑書を漁つてゐると、ふと、国民党編輯の唱歌集が眼についた。 岸田国士『従軍五十日』より引用
  • また、東京師範学校の音楽教師で「蛍の光」などで知られる稲垣千頴が2番を作詞しており、1896年に発行された『新編 教育唱歌集』では3・4番も追加されているが3番以降については作詞者不明となっている。
  • まず、『小学唱歌集』が伊沢修二、メーソンらによって編集された。
  • 伊沢が紹介した曲には野村秋足が独自に歌詞を付け、1881年に文部省が発行した『小学唱歌集』に「蝶々」の表題で掲載された。
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唱歌集 の使われ方