吉本せい

16 の用例 (0.00 秒)
  • 主人公のモデルは、吉本興業の創業者・吉本せいといわれる。
  • 現在は郷土芸能としての側面が強く打ち出されているが、大正期には吉本興業の吉本せいが仕掛けた全国的な大ブームがあった。
  • 吉本せいをモデルにした山崎豊子の小説「花のれん」では、この時期に吉本の経営の采配を振っていたのはせいであり、夫の吉兵衛は道楽者で経営には全く興味がなかったかのように書かれている。
  • また、創業者の吉本吉兵衛の死去後は、その未亡人で正之助の姉でもある吉本せいのもとで、社長・会長に就任する以前から正之助が吉本興業の経営権を事実上握っていたともいわれる。
  • 吉本せいはここにあり。 難波利三『小説吉本興業』より引用
  • 春団治の名跡は、実力もあり、吉本せいの覚えもめでたかった、初代桂福団治が継ぐことになった。
  • 両親が吉本興業の吉本せいと親交があり、その縁で小学校を途中で辞めいろいろな所に奉公に出るも長続きせず、仕方なく寄席の手伝いをするようになる。
  • 以後、大阪吉本を兄の林正之助が、東京吉本を弟の林弘高が率い、2人の姉である吉本せいが吉本興業の社長として両者を束ねる体制が確立する。
  • もっとも有名なのは、吉本興業の創業者吉本せいをモデルにした山崎豊子の「花のれん」であろう。
  • 結局吉本は、当初は経営陣の中枢を創業者一族で固める同族企業として出発したが、その中で、吉本せいと林正之助間で姉弟間の、さらには正之助と弘高間で兄弟間の主導権争いを繰り広げてきた。
  • その一方で、1950年3月14日には創業者の1人であり、芸人に「おせいさん」と呼ばれて慕われた吉本せいが死去した。
  • 姉は吉本興業創業者の吉本吉兵衛の妻の吉本せい。
  • 矢野誠一「女興行師吉本せい」などが重なり合っていた。 難波利三『小説吉本興業』より引用
  • このように「今太閤」は貧しい生まれから立身出世して大きな権力を握るに至った者の代名詞として使われるようになり、この他にも保守政治家の三木武吉、阪急電鉄の小林一三、松下電器の松下幸之助、大映の永田雅一らも今太閤と、また吉本興業の吉本せいは女今太閤と呼ばれた。
  • 吉本せいは健在です。 難波利三『小説吉本興業』より引用
  • 吉本せい健在なりの証と、名誉挽回ばんかいのデモンストレーションと、いま一つ、辻阪信次郎への鎮魂を込めた買い物であった。 難波利三『小説吉本興業』より引用