吉原の玉屋

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  • しかし幕末になるとようやく吉原の玉屋山三郎などを中心に荻江節の復興が行われるようになった。
  • その津藤がある時吉原よしわらの玉屋で、一人の僧侶そうりよと近づきになった。 芥川龍之介『羅生門・鼻・芋粥』より引用
  • その津藤が或時吉原の玉屋で、一人の僧侶と近づきになつた。 芥川竜之介『孤独地獄』より引用
  • むこうにいるのはありゃ、もと吉原よしわらの玉屋で全盛をうたわれていた東雲しののめという太夫たゆうだと、こう申しますんで。 横溝正史『人形佐七捕物帳 01』より引用
  • 七つのときに吉原の玉屋へ売られ、二十二になる去年まで、東雲と名のって全盛をうたわれていたが、去年の暮れのことである。 横溝正史『人形佐七捕物帳 01』より引用
  • それからいまひとりは、下谷車坂にすむ医者で、名まえは原麦庵はらばくあんというが、吉原よしわらの玉屋の寮から、急病人があると迎えにきたので、これから出向くところだという。 横溝正史『人形佐七捕物帳 07』より引用
  • 明和、寛政のころまでは、江戸の民衆は、急にこぞって家毎に高灯ろうをつるして、仏を迎えたものであったが、天保の今では、まったくすたれて、寺々や吉原の玉屋山三郎さんざぶろうの見世に、その面影をしのぶばかり。 邦枝完二『乳を刺す』より引用