古典太平記

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  • と古典太平記の筆者はいい気味みたいにいっているが、そうではあるまい。 吉川英治『私本太平記』より引用
  • ここで、正成が答えたことばとして「古典太平記」は、こう書いている。 吉川英治『私本太平記』より引用
  • と、不吉感に吹かれたなどと古典太平記にはあるが、作為であろう。 吉川英治『私本太平記』より引用
  • 古典太平記によると、減刑の理由は、こうだとされている。 吉川英治『私本太平記』より引用
  • 隠岐遷幸おきせんこうの道順は、増鏡や古典太平記にもかなり詳しいので現代からでもよくわかる。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • 第二次世界大戦後、「太平記」を称する小説やテレビドラマが多く作られたため、混同を避けるために『古典太平記』と呼ばれることもある。
  • とは「古典太平記」がいっているところだが、冷たい晩秋の山雨さんうに吹き打たれたあげく、二日三晩もの彷徨さすらいを、天皇までが、まったくお口に一物をらなかったとはおもわれない。 吉川英治『私本太平記』より引用
  • おかげで高徳研究は大いに進み、高徳の墓が発見されたり、また古典太平記の筆者小島ノ法師こそ、じつは晩年の児島高徳その人であるなどの説も出たりした。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用
  • これが「古典太平記」を元として、なんらりどころない一じょうの架空談とは、史家の史説をまつまでもなく、現代人には、わかり切っていようというもので、私本太平記の筆者もまた、夢そのままを、おしつける気は少しもない。 吉川英治『私本太平記』より引用
  • 「楠木正成はいつ出るのか」と、ままきかれるが、増鏡や古典太平記では、後醍醐天皇が笠置落かさぎおちのさい、天皇の夢告から、こつねんと召されて出て来る正成である。 吉川英治『随筆 私本太平記』より引用