南国太平記

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  • 直木三十五の『南国太平記』も必ずしも小説的表現なりと見るべからず。 山田風太郎『戦中派不戦日記』より引用
  • 宝塚歌劇団在団中から『南国太平記』などの映画作品に出演する。
  • 小説『南国太平記』にそれが書かれているが、明治が幕末に顔を出してるようなものだと、きびしい。 星新一『あれこれ好奇心』より引用
  • 私の「南国太平記」を、新声劇で、上演しているので、私は、私の知らない間に知らない母との間に、生れた子供を見に行くような気持で、一寸、覗きに行った。 直木三十五『大阪を歩く』より引用
  • 私に今日、多少の名声がありとすれば、それは「南国太平記」からで、それまでは、貧乏以上の貧乏であった。 直木三十五『死までを語る』より引用
  • 梅干というものは、梅の木の何方に向いた何番目かの枝の何番目かの実を、何月何日の何時頃にとったものが、最も美味である、などと『南国太平記』のなかで坊さんに饒舌らしてる直木三十五も、さぞ得意だったろう。 豊島与志雄『愉快な話』より引用
  • また、原作については50本近くの作品が挙がり、『南国太平記』だけで10作の映画がつくられている。
  • 同年内に5本の『南国太平記』シリーズが競作された。
  • 松竹との競作となった直木三十五の代表作『南国太平記』で、主人公・益満休之助を演じる。
  • 代表作となったのは、お由羅騒動を描いた『南国太平記』だが、これは三田村鳶魚が調べて発表したのを元ネタにしたため三田村が怒り、『大衆文藝評判記』を書いて歴史小説・時代小説家らの無知を批判したが、そのため海音寺潮五郎、司馬遼太郎、永井路子などの本格的歴史作家が育った。
  • お由羅騒動を史伝として最初に研究したのは、故三田村鳶魚えんぎよ翁で、これを材料にして直木三十五が「南国太平記」という小説を書いた。 海音寺潮五郎『列藩騒動録(一)』より引用
  • いま、直木三十五は、小説『南国太平記』の作者としてよりは、大衆文壇の登竜門である〝直木賞〟のほうで知られている。 青木雨彦『ことわざ雨彦流』より引用
  • 月形龍之介主演、井上金太郎監督の『南国太平記』前篇・後篇を最後に、帝国キネマ演芸太秦撮影所に移籍した。
  • 直木三十五の「南国太平記」は、面白くて面白くて、夜眠るのが勿体なくて仕方なかった。 向田邦子『父の詫び状』より引用
  • 次には、直木三十五氏が「南国太平記」であつかった。 海音寺潮五郎『史談と史論(上)』より引用
  • 翌1930年、広瀬五郎監督の『幕末浪人組』、枝正義郎総監督、監督に仁科熊彦・後藤岱山・広瀬五郎・石田民三・山口好幸・橋本松男の6人が名を連ねた大作『天狗騒動記』などに主演するが、1931年の『天下の副将軍 万代篇』、『南国太平記 爆発篇』を最後に、48歳で映画界を去る。
  • またシャーロック・ホームズに発想を得た岡本綺堂『半七捕物帳』や、野村胡堂『銭形平次捕物控』などの捕物帳もの、獅子文六の『悦ちゃん』などのユーモア小説、直木三十五『南国太平記』、大佛次郎『鞍馬天狗』、林不忘『丹下左膳』などの人気作品が生まれた。