十二社権現

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  • 此人十六歳の時より十二社権現の神木に対し二十年抜きたりしに神木終に枯れたりと云ふ。 ...
  • 十二社権現ごんげんの方からやって来た騎乗の侍が目をみはった。
  • そこは柏木かしわぎ成子なるこ町からの十二社権現へ通じている道で、かさ屋の徳次郎が竹藪から出て小兵衛へ声をかけたのも、同じ道であった。 ...
  • 奈良時代に建立された熊野十二社権現の寺社地や通生荘の荘園等が存在し、本州と四国を結ぶ中継地として機能していた。 ...
  • 天正年間には兵火によって焼失してからは寺域も縮小し、現在の境内は、十二社権現と熊野権現が祀られていた宮跡である。
  • 明治時代になると神仏分離令により、十二社権現は熊野神社となり五流尊瀧院と分離した。 ...
  • また寛保神社帳によれば、神社に十二社権現と八幡宮があり、その別当は田林寺と見える。 ...
  • 天平6年に寿元行者が熊野より十二社権現を勧請し修験道の中心道場としたとされる。 ...
  • 「南無十二社権現様、どうか坊ちゃまが、いい人に拾われますように」 そのまま走り去ろうとするが、思いが残ってどうしても立ち去れない。 ...
  • その後、応永2年に当地に帰農した朝倉三河守という武将が社殿を修理し、その際後当神社は「十二社権現」と称するようになったといわれている。 ...
  • この神社は、『阿波志』によると「十二社権現と称す、宍喰は脚咋あしくいの転じたものである」としるされている。 ...
  • 寺伝によれば、神亀5年に伊予国の太守、越智玉純が夢によってこの地を霊地と悟り熊野十二社権現を祀った。 ...
  • 天平6年に役の小角の5代後の孫である寿元行者が紀州熊野から十二社権現を勧請して当寺の鎮守とし熊野十二社権現として祀られた。 ...
  • 淀橋の南、角筈つのはず村にある十二社権現社の祭神は紀州・熊野くまの権現と同じで、境内けいだいには大池があり、そのまわりに風雅な茶屋や茶店もならんでいて、参詣さんけいがてらの遊観におとずれる人びとが絶えない。 ...
  • 空海が熊野十二社権現を歓請したと伝えられる。 ...
  • また、十二社権現社の西・老女宮には名取老女と、神代文字で「ククリヒメノオオカミ」と書かれた木札を祀る。 ...
  • 流祖は天正5年出羽国佐竹氏に仕える十二社権現の神宮三間斎宮の子として生まれ、父につき卜傳流剣術、父の剣友桜井五郎左衛門直光から林崎流居合を学び、さらに奥秘を極めんと昼は神木に向かひ抜刀撃剣、夜は神殿に坐し瞑想、神助を祈願した。 ...