北畠

全て 名詞
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  • 神戸氏は関氏の一族であるが、早くから北畠家の影響下に置かれていた。
  • 言継卿の頃には、京都では北畠と桜町とに声聞師の部落が分かれていた。 喜田貞吉『俗法師考』より引用
  • 織田勢力は北畠所領の周辺に迫って、いくたびか小戦闘をまじえている。 山田風太郎『忍法剣士伝』より引用
  • また三輪吉高が仕えていた北畠具教の側室であったとする説もある。
  • 現在少数ではあるが子孫が存在し、北畠姓に復姓しているものがある。
  • 北畠勢も、京都へ攻め入る前に、まず背後の足利勢と戦うことに決した。
  • 吉高は初め北畠具教の家臣で、娘のまつも具教の側室になっていた。
  • これは第2文が北畠宗十郎の側からの観察を基にしているものと分析できる。
  • 北畠家の忍者たる木造京馬ですらはじめてきく太の御所の秘事であった。 山田風太郎『忍法剣士伝』より引用
  • 神戸為盛は北畠家から妻を迎えていたが、男子に恵まれていないままであった。
  • ただ、元雅が伊勢の北畠家で死んだというのは歴史的事実のようです。 内田康夫『天河伝説殺人事件(下)』より引用
  • その後、室町時代には伊勢国司となった北畠氏の手によって再建される。
  • ここでまた、非常な失望を顔にあらわしていたのは、北畠信雄きたばたけのぶおであった。 吉川英治『新書太閤記(八)』より引用
  • 当時の神戸氏の当主は友盛とももり北畠きたばたけ氏の生まれで、神戸氏をついだのであった。 海音寺潮五郎『新太閤記(二)』より引用
  • 応仁の乱の末期に南北伊勢守護職は一色氏、次いで北畠氏に与えられた。
  • こう罵ったのは若い武士で、その名を北畠秋安きたばたけあきやすと云って、年は二十三であった。 国枝史郎『血ぬられた懐刀』より引用
  • また、北条氏・織田氏・北畠氏らの御用達にも携わる豪商ぶりであった。
  • 妻は北畠具教の娘で、信雄の妻の姉にあたり、義冬は信雄の義弟である。
  • 陸奥の北畠家は戦国時代まであの地方の大豪族としてつづいています。 海音寺潮五郎『史談と史論(上)』より引用
  • たったいま、からだがあいたから会おうという北畠親房のむねだとある。 吉川英治『私本太平記』より引用
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