動員下令

13 の用例 (0.00 秒)
  • その後、1943年6月に再び動員下令されてニューギニアへ向かった。
  • 翌10日関東軍総司令官臨時動員下令により師団後方部隊の編成業務を開始した。
  • ここで動員下令に対応して、こちらが戦備を整えているという情報が流れたらどうなる。 池上司『八月十五日の開戦』より引用
  • 七月の日支事変以来、岡山の第十師団にも動員下令が出た。 岩井志麻子『夜啼きの森』より引用
  • ソ連機の満州国侵入に、軍中央は強硬策を考え、それを受けて板垣は天皇に応急動員下令を上奏した。 保阪正康『東條英機と天皇の時代(上) 軍内抗争から開戦前夜まで』より引用
  • この対ソ武力発動の企図は、しかし、七月七日の第一次動員下令から僅か一カ月後の八月九日には中止しなければならなかったのである。 五味川純平『虚構の大義 ─関東軍私記─』より引用
  • いざ日露戦争となり、師団も1904年6月動員下令となるがすぐには戦地に派遣されず、満州軍の予備隊に位置付けられる。
  • 動員下令時には応召兵が班に入ってくるので、通常の班内秩序が崩壊し、幹部の統制が及ばない混乱が生ずることもあった。
  • 以前より対ソ戦への練度が高く、1941年7月、動員下令となるが直ぐには戦地へ行かず、京城にて引き続き訓練を行っていた。
  • 中隊には食事から給与・被服・兵器・陣営具と金銭・物品会計の事務があって、准尉・曹長は専ら机にしがみついて、これらに必要な書類・計算を正確に処理しなければならず、これに動員下令があると処理量は倍増し、非常に繁忙となった。
  • 一例として、1944年4月23日に動員下令された第125野戦飛行場設定隊の場合、大尉を部隊長に人員175人から成っていた。
  • 本砲の初陣は1914年の青島攻略戦にまで遡るが、野戦重砲として本格的に使用されたのは1937年、日中戦争に伴い動員下令となった野戦重砲兵第五旅団隷下の野戦重砲兵第十一連隊および野戦重砲兵第十二連隊に配備されて出征した。
  • こうして1939年、支那事変に動員下令、近衛第2師団の前身となる近衛混成旅団となる。