凡そ是

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  • 凡そ是等の特種書目は三百部乃至五百部を限るゆえ再び之を獲る事は決して出来ないのだ。 内田魯庵『灰燼十万巻』より引用
  • 凡そ是の如く幸福利益の源頭となることを爲すをば植福といふのであるが、此の植福の精神や作業によつて世界は何程進歩するか知れず、又何程幸福となるかも知れないのである。 幸田露伴『努力論』より引用
  • 凡そ是の如きの情状を做し得てこそ、人も聊かほかの動物の上に立ち得るのであれ、なくば那處どこに人の動物たらざるところを見んやである。 幸田露伴『努力論』より引用
  • 凡そ是等の迷は不学無術より起ることなれば、今日男子と女子と比較し孰れか之に迷う者多きやと尋ねて、果して女子に多しとならば、即ち女子に教育少なきが故なり。 福沢諭吉『女大学評論』より引用
  • 凡例には「凡そ是の書の始終両部習合の邪説を排して唯一宗源の正道に帰す」とある。
  • 凡そ是の如きは皆助長の作用である。 幸田露伴『努力論』より引用
  • 「凡そ是れ簿帳・・・の類の数有らむ者は、大字に為れ」とされ、東大寺の正倉院に残る天平時代の戸籍や正税帳はこの令に則って、一から万まで下表にある大字が使われている。
  • 凡そ是の如きの例は決して少くない。 幸田露伴『努力論』より引用
  • 「凡そ是程無責任な杜撰ずさん極まるものはない」と思った小磯は、その場で大川にいろいろと質問して補足し、「其の夜、藁半紙約四十頁程の鉛筆書きで、大川博士建策聴取書なるものを作製」した。 勝田龍夫『重臣たちの昭和史 上』より引用