凡そ五

27 の用例 (0.00 秒)
  • 凡そ五万七千もある労働者クラブには、文学研究会、劇研究会がある。 宮本百合子『ソヴェト文壇の現状』より引用
  • すると、それは五人ばかりではなく、凡そ五十人ばかりも居た。 石川達三『武 漢 作 戦』より引用
  • 一九二十年から二十三年にかけての巴里は、凡そ五十年に一度といふ演劇的開花期であつた。 岸田国士『芝居と僕』より引用
  • 今から凡そ五六十年前のことと思って頂きたい。 小酒井不木『変な恋』より引用
  • 凡そ五分の後、数人のボーイが、手に手にランプを運んで来た。 小酒井不木『外務大臣の死』より引用
  • これおよそ五ちやう程も続くのであるが案外に不気味で無い。 与謝野寛『巴里より』より引用
  • 御随行おとも人数にんずおよそ五六十にん、いずれもみこと直属ちょくぞく屈強くっきょう武人つわものばかりでございました。 浅野和三郎『霊界通信 小桜姫物語』より引用
  • 赤字で出ている凡そ五分の一は、休んでいるのらしかった。 源氏鶏太『天上大風』より引用
  • これを繰返すこと凡そ五十日間、斯うした苦行が容易な覺悟で出來るものでない。 若山牧水『みなかみ紀行』より引用
  • 天元社所有の印刷紙、時価にして凡そ五十万円ばかりの量が、ひそかに他へ転売されて不足してることが、発見された。 豊島与志雄『自由人』より引用
  • 二人は凡そ五年前に、三田の学校を出た文学士でこのあたりの地理に明るく、この家を見出して私に住はしめた。 牧野信一『三田に来て』より引用
  • 彼は丈およそ五フイート半あり、年齢は三十五歳である。 星亮一『最後の幕臣 小栗上野介』より引用
  • 五島、琉球を発してから、凡そ五六日ほどで大陸に達した。 海音寺潮五郎『史談と史論(下)』より引用
  • 千歳には洋食部と和食部と、それから他に旅館とがあって女給仲居が凡そ五十人もいた。 細井和喜蔵『女給』より引用
  • たてがみに鬣がつながって、胴に胴が重なって、およそ五、六けんがあいだけものの背である。 泉鏡花『春昼』より引用
  • 九年畑に至れば、凡そ五六町の間、半開の櫻花、路の兩側に連なる。 大町桂月『三里塚の桜』より引用
  • 殿でんに在りしものおよそ五六十人、痛哭つうこくして地に倒れ、ともちかってしたがいまつらんともうす。 幸田露伴『運命』より引用
  • 次に、面の差し渡しが凡そ五尺にも程近い大太鼓を、最も太い孟宗竹の棒に吊して、これを二人の壮丁が前後して担ぐのである。 牧野信一『バラルダ物語』より引用
  • 成るほど淋しい所である、町を離れて野原を過ぎ、陰気な林の中に分け入って、凡そ五哩も行ったかと思う頃、養蟲園へ達した。 黒岩涙香『幽霊塔』より引用
  • フェノロサは浮世絵板物はんもの中最も上乗じょうじょうなるものおよそ四百種を採れるのかたわら板物の研究に必要なる板画家の肉筆制作凡そ五十種を合せてその制作の年代にもとづき順次にこれを配列し個々につきて精細なる説明を施すと共に浮世絵一般の歴史についてもまた合せ論ずる処ありき。 永井荷風『江戸芸術論』より引用
  • 次へ »

凡そ五 の使われ方