凡そ二十

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  • それから一昨年「その面影」が出るまでには凡そ二十年を經過してゐる。 蒲原有明『長谷川二葉亭』より引用
  • そこの島の八月、今から凡そ二十年も前のことですが、公園に始めてホテルが出来たのです。 原民喜『絵にそへて』より引用
  • この作業の日には、附近の農家から、手のあいた女たちが凡そ二十人近くも手伝いに来た。 下村湖人『次郎物語』より引用
  • 凡そ二十年ほど後に、父は再びこの運河を、このハガキに所謂我妹子と子ららやからを伴って通ったのであった。 宮本百合子『中条精一郎の「家信抄」まえがきおよび註』より引用
  • 仇十州きゅうじっしゅうの贋筆はおよそ二十階級ぐらいあるというはなしだが、して見れば二十度贋筆を買いさえすれば卒業して真筆が手に入るのだから、何の訳はないことだ。 幸田露伴『骨董』より引用
  • 彼は英国ばかりでなく、大陸の方へ渡って詐欺に成功し、パリーとウィーンで凡そ二十六万円の金を詐取したといわれて居る。 小酒井不木『錬金詐欺』より引用
  • 此假定の下に此等四十四の異樣の文字と五十音とを同知する試みを凡そ二十段に分つて布演して見よう。 狩野亨吉『天津教古文書の批判』より引用
  • この祠の前、千葉街道に接して、凡そ二十間四方の竹藪あり。 大町桂月『千葉夜行記』より引用
  • 心持十疊こゝろもちじふでふばかりもあらうとおもはれる一室ひとまにぐるりとになつて、およ二十人餘女にじふにんあまりをんなた。 泉鏡花『怪談女の輪』より引用
  • 仇十州の贋筆は凡そ二十階級ぐらゐあるといふ談だが、して見れば二十度贋筆を買ひさへすれば卒業して真筆が手に入るのだから、何の訳は無いことだ。 幸田露伴『骨董』より引用
  • どこから出たり入ったりするのか分らない、何階の部屋だかも分らない、しかしその広間には、およそ二十きゃくほどの椅子がグルッと円陣をなして置いてあり、その中に、特に立派な背の高い椅子が一つあるが、その前にだけ、これも耶蘇教やそきょうの説教台のような背の高い机が置いてあった。 海野十三『流線間諜』より引用
  • 川幅は凡そ二十間あまりであつた。 牧野信一『繰舟で往く家』より引用
  • 支倉喜平は予審判事の第一回の取調べの三月二十日から第二回の取調べの四月七日まで凡そ二十日間東京監獄に監禁せられている間に何を考えたのであろうか。 甲賀三郎『支倉事件』より引用
  • 父の代に大久保百人町に越して来てから、私が、最近、西荻窪に自分の家を建てるまで、凡そ二十七八年間、私自身は殆ど年に一回平均居所を変へてゐる。 岸田国士『移転記録』より引用
  • 今度出版される昭和十四年度の『雑誌年鑑』の見本の一隅に、文化、文芸賞要覧というのがあって、そこを見たら帝国学士院賞や文化勲章までを入れて凡そ二十二種の賞の名が並んでいた。 宮本百合子『今日の文学と文学賞』より引用
  • 毎年、夏期には、教室で、産婦人科学の講習会が開かれますが、その年もおよそ二十五六人の聴講生が御座いました。 小酒井不木『手術』より引用
  • 商周已下秦漢しやうしういかしんかんより今に至るまで、凡そ二十二史、皆武を以て國を開き、文を以て之を治む。 山田済斎『南洲手抄言志録』より引用
  • 三丁目を左に折れて三田通りに出ると既に龍太と僕の距離は凡そ二十メートルであつたが、向方は故意に遁走する脚であり、こちらも懸命に追ふ身ではあるものゝ心の重傷を堪える上に、逃げる彼の姿の上に僕は「逃げる己れの姿」を錯覚する迷信から脚が震えて、二三歩毎に二人の距離は一、二メートル宛は遠ざかつてゐた。 牧野信一『凩日記』より引用
  • 寛保末年より宝暦末年に至るまでおよそ二十年間、浮世絵師の色彩に対する観念の時々刻々発達するに従ひ、彩色板刻に対する経験も円熟し来れり。 永井荷風『江戸芸術論』より引用
  • 早川氏その一群と共に去りて後、凡そ二十分、われらも發足して、栗市の渡をもとへ戻り、川に沿うて上る。 大町桂月『小利根川の桜』より引用