凡そこの

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  • また凡そこの地球上どこを探しても見当らないやうな奇抜なものがある。 北条民雄『続癩院記録』より引用
  • なるほど、これはおよそこの地上で最も起り得る可能性のないことに違いない。 大佛次郎『赤穂浪士(上)』より引用
  • 秀吉の大阪移転も凡そこの『信長公記』の記するところの好条件によつて行はれたのである。 唐木順三『千利休』より引用
  • 凡そこの地球程面白い星はあるまい。 梶井基次郎『太郎と街』より引用
  • およそこの六者ろくしゃは地の道なり。 孫武『孫子兵法』より引用
  • 凡そこのような天地創造説は吾々の知ったことではない。 戸坂潤『イデオロギーの論理学』より引用
  • 父は東京に住んでいた家族にこのようにして書いていたばかりでなく、福島県の開成山に隠棲していた老母に、凡そこの二分の一ぐらいのエハガキだよりを送って居ます。 宮本百合子『中条精一郎の「家信抄」まえがきおよび註』より引用
  • 弁証法とは凡そこのような機械的見解の正反対なのである。 戸坂潤『科学論』より引用
  • 父は熱心に昔の田舍の遊び事や休日の慣例などを復活させることを主張して、凡そこの問題を論じた古今の書物に廣く通じてゐます。 高垣松雄『クリスマス・イーヴ』より引用
  • 私は元来、自分を雄弁だと考えた事はなかったのですが、凡そこの時程、みじめな弁論をした事はありません。 浜尾四郎『彼が殺したか』より引用
  • 上野の公園における各種の展覧会や、図書館や、凡そこの種の文化的施設を、市井の中心地にあって市民の生活と密接に終始すべき理想により、この地を選んで新築せんとしたのである。 小林一三『アーニイ・パイルの前に立ちて』より引用
  • 凡そこのように対立的な主観概念を借りて始めて動機づけられる処の認識論的範疇という概念、によって吾々に性格を云い表わすことは出来ない。 戸坂潤『性格としての空間』より引用
  • だから信子の居間には、凡そこの居間に不似合ひな百冊ほどの古風な本が、いつも積まれてゐるのであつた。 坂口安吾『恋をしに行く(「女体」につゞく)』より引用
  • 凡そこの革新に反対するものは、世界の歴史に逆らうもので、之こそ今日の反動家だ、と云わぬばかりである。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • その他に於ける彼の様々なる魔術も科学上の説明を加ゆるなれば、凡そこの類ひのカラクリには相違なからんも、大方の諸賢は先づ世の化粧術師に対しては慎重なる注意を施すべきが肝要なり。 牧野信一『変装綺譚』より引用
  • およそこの六者ろくしゃはいの道なり。 孫武『孫子兵法』より引用
  • 薄暗い電灯が一つ燭つてゐる屋根裏のやうな部屋だつたが、其処此処に散乱してゐる様々な道具類は凡そこの部屋にふさはしくない豪華なものばかりであつた。 牧野信一『露路の友』より引用
  • この陰鬱な港市には、初午はつうまだとか雛祭だとか七夕だとか、ほかの土地では盛大なさういふ行事のすくないことを私は前にも述べておいたのであるが、然し凡そこの土地ほど五月の節句をむやみに祝ふ所もすくない。 坂口安吾『吹雪物語』より引用
  • 殊に崖を、上の方へ、塩梅あんばいうねった様子が、飛んだものに持って来いなり、凡そこの位な胴中の長虫がと思うと、頭と尾を草に隠して、月あかりに歴然ありありとそれ。 泉鏡花『歌行燈・高野聖』より引用
  • 凡そこの學校國に、内訌ないこう起りぬといふときは、其責は多く此人の身に歸することなり。 森鴎外『即興詩人』より引用
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