冴えかえり
12 の用例
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と私は瞬間に神経を冴えかえらせた。
そうしておもむろに振り返った私の鼻の先へ、クレエンに釣られた太陽色の大坩堝が、白い火花を一面に鏤めながらキラキラとゆらめき迫っていた。
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夢野久作『怪夢』より引用
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進はベッドの中で転々とした。
俊一郎の大体の目論見は分ったものの、まだまだ残されたいくつかの疑問点が彼の目を冴えかえらせたのである。
かたわらから妻の健康な寝息がもれてきた。
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森村誠一『大都会』より引用
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咯血の終った跡の心持は、一寸形容が出来ません。
頭は一時はっきりと冴えかえりました。
が、暫くすると、ぽーっとした気持になりました。
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小酒井不木『人工心臓』より引用
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寝返って斜めに私はお新さんへ背をむけた。
体の酔った芯が冴えかえり、底冷えした部屋のなかの寝床で、私は昨夜の記憶をたぐりだした。
あやふやな記憶の中で別館に帰ると立ち上ったおり、誰かがここへ泊れとすすめた声と、母屋から別館への渡廊下を誰かの肩で助けてもらっていた感触が、かすかに残っているようであった。
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藤原晋爾『秋津温泉』より引用
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髪をさげ下地にして、細模様の縫入墨絵で河原撫子を描いた白絽の単衣に綿の帯を胸高に締め、腕のあたりでひきあわせた両袖は、霞かとも雲かとも。
膚はみがきあげた象牙のように冴えかえり、女にしてはととのいすぎた冷い面ざし。
鷹揚な物腰の中にしぜんにそなわる威厳は目ざましいほど。
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久生十蘭『顎十郎捕物帳』より引用
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マダムの湯上りのお化粧は、そんな晩に限って特別に濃厚に、一種の暗示的な技巧を凝らして仕上げられるのでした。
そうして御主人に内証で買われたスバラシク派手な着物とか、帯とか、上等の装身具なんどの中の一つか二つかをこれ見よがしに身に着けて、やはり無技巧の技巧を冴えかえらせながら、無言のまま、ニコニコと御主人の前に出て、美味しいお茶を入れられるのでした。
実は泣きたいような御主人の笑い顔をホノボノと見返されるのでした。
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夢野久作『奥様探偵術』より引用
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翌日の午後のエア・カナダDC9で、私どもはトロントから一と飛び、紅葉列車の起点にあたるスー・セン・マリーに着いた。
空冴えかえり風光るという形容そのままに、晩秋の陽のふりそそぐ、白樺林の中のまことに美しい田舎飛行場であった。
スー・セン・マリーのことを、古番頭は略してスーと呼んでいる。
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阿川弘之『南蛮阿房列車』より引用
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紺青の空は冴えかえり、寒さが爽快だった。
東に八ケ岳連峰、北に蓼科山、西には霧ケ峰から北・中央アルプスが次次と見え隠れする。
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泡坂妻夫『死者の輪舞』より引用
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農鳥山の赭ッちゃけた壁には、白雪がペンキでも塗ったように、べッたりと光って輝いている。
西の方には木曾御嶽が、緩斜の裾を引いて、腰以下を雲の波で洗わせている、乗鞍岳は、純藍色に冴えかえり、その白銀の筋は、たった今落ちたばかりの、新雪ででもあるかのように、釉薬をかけた色をして、鮮やかに光っている。
槍ヶ岳以北は、見えなかったが、木曾駒ヶ岳は、雪の荒縞を着ながらも、その膚の碧は、透き通るように柔らかだ、恵那山もその脈の南に当って、雄大に聳えている。
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小島烏水『白峰山脈縦断記』より引用
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ヒューッ、ヒューッと弦音高く的を目掛けて切って放す。
弦返りの音も冴えかえり、当たった時には赤旗が揚がる。
鉦の音で引き退き法螺の音で新手が出る。
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国枝史郎『八ヶ嶽の魔神』より引用
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私はいくどもいくども寝床のなかで寝返りをうった。
眠ろうとあせればあせるほど、意地悪く頭は冴えかえり、冴えかえった頭のなかを、走馬灯のようにかけめぐるのは、めまぐるしかったその日いちにちの出来事だった。
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横溝正史『金田一耕助ファイル01 八つ墓村』より引用
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時々息で指先を暖めながら、懐中電燈の光で、刻むような克明な文字を書きつけて行く。
月はいよいよ物凄く冴えかえり、すさまじい死屍の上にも、失意の検察官の上に、石ころにも雑草にも、万物平等に冷凉たる光を投げかけるのである。
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久生十蘭『魔都』より引用