内蔵允

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  • 稲垣内蔵允ら六人が、宗意に接近しようとしたのはこんな時であった。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 内蔵允はうすうすこれを察知していたに違いないが何も言わなかった。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • それに内蔵允らを斃したことで、百姓にお咎めはなかったが宗意どのへは別である。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 小河内蔵允の名前は見えないが、それはこの後書あとがきのところでこう説明してある。 海音寺潮五郎『列藩騒動録(一)』より引用
  • はらの底で、そう内蔵允は見ているが、そんなことは百も越後屋は承知だろう。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 松山藩郡奉行の手で、検死のあったのはこの内蔵允ひとりである。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 百姓らが総攻撃をかけて来た時内蔵允は真っ先に急場をのがれた。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • とりあえず笹ヶ峰まで出向くことをやがて到着した兵庫らに内蔵允は告げた。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 奇妙なことに、内蔵允らが柳井川村に宗意の居るのを知ったのは宇和島城下においてだった。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 蝉谷の野宿で、焚き火にあたりながら内蔵允はそう話したのである。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 六人のうちでは、内蔵允についで寡黙だった武士である。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 吉徳としては、側用人としての役をなす人物が必要なわけで、内蔵允がそれにあてられたのであった。 海音寺潮五郎『列藩騒動録(一)』より引用
  • ずいぶんと家老内蔵允も越後屋にはこれまで、主君に内密の無理を言ってきた。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 丹波守の座所に入ると、人払いを願ったあとで内蔵允はおもむろにこう言った。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 天徳3年内蔵允、康保4年権少外記に転じ、次いで少外記に任ぜられる。
  • 内蔵允は先きに立って廊下へ出た。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 土地の案内にくわしい中弥太をそれで内蔵允はもとめたのである。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 大槻はこの年の五月十三日に物頭並になって、本知のほかに百五十石の役料がつき、内蔵允くらのじようと改名するのだから、そのよろこびも知らないで死んで行ったのだ。 海音寺潮五郎『列藩騒動録(一)』より引用
  • 稲垣内蔵允がどうして殺されたのかは分らない。 五味康祐『刺客(せっかく)』より引用
  • 内蔵允は自己の安全ばかり考えて、諫言しないのです。 海音寺潮五郎『列藩騒動録(一)』より引用
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内蔵允 の使われ方