内務省都市計画課

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  • 都市計画地方委員会に付属する事務局は、内務省都市計画課の力が行き届いた都市計画の専門家養成機関でもあった。
  • さらには本来補助機関たるべき事務局が実質、地方委員会の中継機関となっていたほか、事務局には人事を介して内務省都市計画課の影響力が浸透していた。
  • またその一方でほ、都市計画委員会の自律性をたかめ、その中で内務省都市計画課の比重を増幅していくことが可能にもなった。
  • 地方委員会に出席することによって、内務省都市計画課の路線は委員会決定に反映され、同課の主導性が保証されるみちが開かれるという、これこそ本省の現役課長を地方委員会に派遣した強力人事の意図に他ならない。
  • その意味からして地方委員会が議決機関であったことの背景には、内務省都市計画課の主導性確保という課題があり、このことを看過ては同委員会の機能をトータルに把捉できないとも思量される。
  • したがって、都市計画地方委員会に付置された事務局本来の機能は、その庶務を整理する機関以上のものであったし、内務省都市計画課のリーダーシップを確定し、戦前の都市計画行政の中でその基軸部を形成した枢要機関であった。
  • 地方委員会に付置された「事務局」は、都市計画地方委員会が内包したメカニズムではもうひとつ特徴であり、これもまた、内務省都市計画課のリーダーシップを保証する有効な手段であった。
  • ところがその過程に池田、前田、山縣など内務省都市計画課を代表する有力者も参加するという、これは成員が対等たるべき地方委員会の性格に大きな影響をおよぼしまたそれを企図した派遣人事でもあり、都市計画課の実力者が委員会審議にくわることによって会議のながれを本省都市計画課ベースで進めることが可能になった。
  • 注目を要する事柄として、名古屋地方委員会に内務省都市計画課の課長山縣治郎が大正11年1月13日に委員として名を列ねているが前任者はまた都市計画法立案の中心的人物の池田宏であり、本省都市計画の主要官僚がそのまま地方委員会の委員となっている。
  • こうした事例は名古屋だけに限定された現象ではなく、「都市計画大阪地方委員会議事速記録」をみると、大阪地方委員会でも内務省都市計画課から前田多門も番外として会議に出席し、山縣が正規の2番委員として委員会に名を列ね、審議にもくわっている。
  • ことに技師の場合、内務省都市計画課の若手官僚のほとんどはいったん地方委員会に配属され、そこで実務経験をつんでいる。