内務省警保

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  • こういう国民の燃えあがりを、内務省警保局は特定の枠内でのみ認めていた。 保阪正康『東條英機と天皇の時代(下) 日米開戦から東京裁判まで』より引用
  • これを受けて内務省警保局が各地方長官に向けて以下の内容の警報を打電した。
  • 丸山君が内務省警保局の友人に電話して見ると、空中戦の話は本当らしいとのこと。 伊藤整『太平洋戦争日記(三)』より引用
  • 終戦当時日本に在留した朝鮮人は、二百三十六万五千二百六十三人であったとする内務省警保局の調査資料がある。 高井有一『立原正秋』より引用
  • 戦争前、映画を映画館で上映するには内務省警保局の検閲をうけなければならなかった。 清水俊二『映画字幕の作り方教えます』より引用
  • 戦前の内務省警保局の報告資料には出ている。 松本清張『火神被殺』より引用
  • 「これらの連中はとくに監視しろ」と、東條は内務省警保局長に命じていた。 保阪正康『東條英機と天皇の時代(下) 日米開戦から東京裁判まで』より引用
  • 第二次大戦前の古い探偵小説などを読むと、「内務省警保局ないむしょうけいほきょく」というお役所の名前が出てくることがある。 田中芳樹『薬師寺涼子の怪奇事件簿01 東京ナイトメア』より引用
  • 当時は内務省警保局の保安課が外事警察活動を統括しており、国内の外国人の監視が行われたほか、日本が朝鮮を統治するようになると朝鮮独立運動の監視も任務に加えられた。
  • これにより、内務省警保局は大正11年頃に三輪を「思想要注意人」に指定している。
  • 一月十七日中野重治と自分とが内務省警保局図書課へ、事情をききに出かけた。 宮本百合子『一九三七年十二月二十七日の警保局図書課のジャーナリストとの懇談会の結果』より引用
  • 噂のその後は知らないが、然しすでに内務省警保局ではその春言論の国家的統制の成案をほぼ得たというのは事実である。 戸坂潤『現代日本の思想対立』より引用
  • 参考までに、内務省警保局長になる頃までの略年譜を作ってみた。 和田利夫『昭和文芸院瑣末記』より引用
  • 内務省警保局図書課は、新聞・出版物の検閲と外国語出版物の調査を行い、検閲制度の統一や内外出版物の論調の調査研究も行っていた。
  • これは県知事の管轄下にありながら、実際は政府の内務省警保局保安課長の直轄で膨大な機密費を使っていた。 宮原安春『軽井沢物語』より引用
  • 昭和11年1月に当時の内務省警保局特別警察部が作成した『海軍士官要監視人物』なる極秘資料に松田の名が記載されている。
  • 広津はその主催者が内務省警保局長で、日頃作家が発売禁止を受けること以外には何の関係もない役所からの招待ということが多少気になったが、一応白紙の気持で出るだけ出てみようと思って、出掛けて行ったのであった。 巖谷大四『懐しき文士たち 昭和篇』より引用
  • 彼らの記事の内容と方向は、内務省警保局が毎週発行している『検閲週報』によって規定されていた。 保阪正康『東條英機と天皇の時代(下) 日米開戦から東京裁判まで』より引用
  • 上〔内務省警保局や陸軍省憲兵本部など〕からは、訓令その他の書類がどんどんやってきた。 ハシェク/辻恒彦訳『良き兵士シュベイク(上)』より引用
  • 言論弾圧の現場は実際には内務省警保局図書課であった。
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内務省警保 の使われ方