内務省告示

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  • その後、内務省告示によって1885年に札幌本道は国道42号となった。
  • この中には軍事用の路線整備も含まれ、翌1920年内務省告示第125号により全国に26線のいわゆる軍事国道が定められた。
  • これらの建設・維持・連絡のために国費で道路の建設まかなう軍用道の必然性が出てきため、1885年内務省告示6号において、全国の国道に番号を付けて公布された中に鎮台を連絡する国道が定められた。
  • 本流の管理については1896年に旧河川法の制定に伴い、翌1897年9月11日付内務省告示第59号において管理指定河川区域が定められた。
  • 舎人防災緑地に関する計画案は東京地方委員会にて可決された後に内務省の認可を受け、内務省告示第百四十七号で告示された。
  • 国宝指定時の内務省告示における十一面観音像の所有者名は「観音堂」となっている。
  • 戦時中の1942年には、内務省告示によって、北海道以外の全ての府県に、府県の出先機関として地方事務所が設置された。
  • 旧道路法が施行された1920年4月1日に、国道については内務省告示第28号で、府県道及び地方費道については各府県知事及び北海道庁長官により道路認定が行われた。
  • 国道24号は、京都と奈良という2つの都を結ぶ、歴史的に見れば重要な路線であるが、1885年の内務省告示第6号「國道表」公布時には国道に指定されなかった。
  • このうち、杉並区における建設案は環状八号線沿いに清掃工場を設ける1939年の内務省告示をベースとしており、1966年に東京都は清掃工場建設予定地として高井戸地区を選定した。
  • 札幌本道は1885年の内務省告示第6号「国道表」で国道42号「東京より札幌県に達する路線」に指定された。
  • 特に名古屋市の公園計画策定では、都市計画法施行後の大都市公園計画としては、東京や横浜に続くもので、1925年1月原案作成、愛知地方委員会に附議されたのち1926年1月内務省告示をみた。
  • この時成立した国道のうち、宇都宮市内を走っていたのは陸羽街道を踏襲する国道6号のみであったが、宇都宮に第14師団が常駐した後の1911年3月4日、内務大臣平田東助は内務省告示第14号にて市内2本目の国道となる材木町から第14師団までの区間を国道60号とした。
  • 北海道以外の府県では、1926年の内務省告示によって同年7月1日に18府県で25の支庁が設置された。
  • この道路は完成前の明治18年2月24日に内務省告示第6号「國道表」で国道8号「東京より新潟港に達する別路線」の指定を受けている。
  • 旧東京市が1927年に策定した「大東京道路網計画」、昭和2年8月1日内務省告示「大東京都市計画道路構図」に建設計画が盛り込まれ、まず西側の区間から片側二車線以上の道路として、ルート上の既存道路の「環状道路」への指定替えや拡幅、および主要区間の建設工事が始められた。
  • 明治18年内務省告示第6号「國道表」にて指定された国道3号「東京より神戸港に達する路線」も、西国街道のルートをそのまま引き継いでいた。
  • こうして浄の池と、そこに生息する5種の異魚は、翌1922年3月8日付けで内務省告示「大正11年第49号」により、『淨の池特有魚類棲息地』の指定名称で天然記念物に指定された。
  • その事業は程なく予定されていた明治天皇即位50周年のものを引き継ぎ、続いて、1914年に皇后であった昭憲皇太后が崩御すると、政府は神社奉祀調査会を設置して審議し、大正天皇の裁可を受けて、1915年5月1日、官幣大社明治神宮を創建することが内務省告示で発表された。
  • 姫路と鳥取とを結ぶ国道の起源は、1885年の内務省告示第6号「國道表」の国道22号「東京より鳥取県に達する路線」である。
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内務省告示 の使われ方