公用方

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  • という指令が、会津藩公用方から下ったのは十一日の朝であった。 池波正太郎『幕末新選組』より引用
  • 小栗が会津藩公用方の重臣に何度か会ったことは前に記した。 星亮一『最後の幕臣 小栗上野介』より引用
  • 黒谷に到着し、会津藩公用方外島機兵衛らに会い、この建案を大いに弁じた。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • 会津藩の人々は皆、公用方の重臣で、会津に向かい、ともに戦うことを求めた。 星亮一『最後の幕臣 小栗上野介』より引用
  • それがしが、公用方を相つとめまする外島機兵衛でござる。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • と、公用方の遠藤又左衛門が、こころよく新八に会ってくれた。 池波正太郎『幕末新選組』より引用
  • 近藤はここで京都守護職の公用方と談じたり、右の一橋家の公用方と、天下の情勢を論じたりしている。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • 容保上京後は公用方に任ぜられ、公卿、諸藩士、新選組などと交流を持った。
  • むろん会津藩公用方外島機兵衛は、そういういきさつまで知ろうはずがないのである。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • あの男がいるおかげで、近藤は、諸藩の公用方とまじわっても、いっぱしの議論ができるようになった。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • 水口藩公用方が会津藩邸にて会津藩公用方に新選組の所業の悪さを訴えたことに始まる。
  • このとき同行した赤松則良のりよしの艮太夫追悼文によると、公用方とはいまの主計官だという。 綱淵謙錠『幕末風塵録』より引用
  • しかし、詫び証文を書いたことが水口藩主の耳に達せば、事と次第によれば公用方の断罪も逃れられなくなる。
  • 会津藩藩士廣澤安連の次男として若松に生まれ、藩の京都守護職時代に公用方を務めた廣澤安任の養嗣子となった。
  • また諸藩の公用方と会談するときも、山南を帯同する。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • 公用方の外島機兵衛に会った。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • 近藤と土方が、三本木の料亭で、会津藩公用方外島機兵衛らと会食したときのことだ。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • 紀州藩も徳川御三家の一つで、むろん幕府方でもあり、ことに藩の公用方・三浦久太郎という人物は裏に表に活躍をして、大いに勤王志士たちをなやませている。 池波正太郎『幕末新選組』より引用
  • このため祇園の某亭などは、町人はおろか、諸藩京都藩邸の公用方たちも足を踏み入れなくなり、灯のきえたようになっているという。 司馬遼太郎『燃えよ剣 01 (上)』より引用
  • 会津藩公用方の神尾鉄之丞や秋月悌次郎の申し出を受けて、あの時、会津に入っていれば、このような目にあわずに済んだかも知れぬ。 星亮一『最後の幕臣 小栗上野介』より引用
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