八幡船

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  • 岸ちかくに、厨子丸の眼には城ほどに見える巨大な八幡船が浮かんでいた。
  • 倭寇と云ふのは、支那人が付けた名で、日本人自身は八幡船ばはんせんと云つた。 ...
  • 八幡船の倭寇に主人か親かを殺されて、その復讐のために遠く渡って来たのか。 ...
  • 伝説によれば、そこは昔、八幡船の海賊どもの根拠地であったそうだ。 ...
  • 日本の室町時代から江戸時代にかけての海賊船は通称して「八幡船」と呼ばれた。 ...
  • 事実、旗は呂宋るそん丸にあったのを持って来たものだが、棒は、これからまた新しく造る予定であった八幡船の帆柱用のものであった。 ...
  • 村の人のいうには、 「の衆はみな若い頃には、八幡船ばはんせんとかいう船に乗って、明国みんこくから南蛮へまで押し渡ったものじゃそうな」 とのことであった。 ...
  • 八幡船ばはんせん遠州灘えんしゆうなだへかかった時から、伊那丸の意識いしきはなかった。 ...
  • もと東海の龍王りゆうおうといわれた八幡船ばはんせん十八そうのお頭領さまだ。 ...
  • かの八幡船ばはんせんといい、胡蝶軍と呼ばるるのが即ちそれである。 ...
  • その方どもの時代になっては、八幡船もすでに末期、和寇という名ばかり残って、恐らくその魂は失われていたろう。
  • 八幡船は、南蛮各処の日本人町に送るために、瀬戸内海の島から、娘を拉致して行くのか。 ...
  • 「地獄丸」というその八幡船ばはんせんが、田辺湾内から、出帆したのは、それから四日後であった。 ...
  • 八幡船ばはんせんの親船がかえってきたのだ。 ...
  • 後になりますと、例の八幡船ばはんせんという、半分は海賊みたいな、半分は貿易をやるような船に乗りこみまして、シナへ這入りこんでいってニンポーという所でシナ人に殺されたという記録が残っております。 ...
  • これも、八幡船の任務のひとつと心得てもらおう。
  • 南蛮船か八幡ばはん船かしらんが、とにかくそんげん顔ばしとった。
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