八千代橋

全て 名詞
15 の用例 (0.00 秒)
  • 宮ノ下温泉の西隣に位置し、八千代橋から蛇骨川に沿った深い谷にある蛇骨湧泉群を源泉とする。
  • 信濃川の河口から数えて2番目に位置する橋であり、上流側には八千代橋が、下流側には柳都大橋がそれぞれ架かっている。
  • かつては、徳島県道170号南小松島停車場線としてかつての国道の交点から南小松島駅までの間が指定されていたが、八千代橋から北へ伸びて徳島県道17号小松島港線の交点までの区間が県道になったことにより、現在に至っている。
  • 八千代橋は、昭和時代初期に計画された都市計画道路「新潟鳥屋野線」の一部として、1964年の第19回国民体育大会の開催に備え新潟市内の道路を整備するため、1962年12月1日に開通した。
  • 信濃川の河口より数えて4番目に位置し、上流側には越後線の鉄道橋と、その上流には千歳大橋が、下流側には八千代橋がそれぞれ架かっている。
  • また新潟交通が主体となり、万代と八千代橋寄りの「八千代」とに跨って開発した商業地には「万代シテイ」という名称が付けられた。
  • 八千代橋が損傷し、無傷に近かった萬代橋さえも車両の往来が規制され、当時の新潟市街地からはやや離れていた帝石橋はほとんど被害を受けなかった為、信濃川を渡れる唯一の橋として救援物資や救急搬送に大きな役割を果たした。
  • 八千代橋のたもとにある地域で、一丁目の一部は前掲の万代一・二丁目と共に万代シテイの開発区域となっており、新潟伊勢丹や万代シテイビルボードプレイスなどが立地している。
  • 昭和大橋は橋桁が落下したが、八千代橋は免れている。
  • 信濃川の道路橋梁に関しても、この6月に上流部で開通したばかりの昭和大橋は落橋、1962年に開通していた八千代橋も著しく損傷した。
  • 開通当初から約1年間は、八千代橋を基点に田町駅周辺を反時計回りに一方循環する運行形態だったが、2005年3月に浜95・田99と合わせて田町駅周辺の経路が見直され、田92は芝浦一丁目周りを廃止、往復とも藻塩橋経由に変更された。
  • 信濃川に架かる橋梁は、コンクリート橋の萬代橋が、取付部の破損・沈下のみで、車両の通行が唯一可能であったものの、八千代橋は橋脚が倒れるなど深刻な被害を受けた。
  • 新潟市内の信濃川右岸側をほぼ川沿いに、中央区上所から昭和大橋、八千代橋、萬代橋、柳都大橋の東側を経由して新潟港西港区の区域を抜け、山ノ下橋で通船川を渡り、東区の山の下地区に至る。
  • 宿は蛇骨川に沿って八千代橋方向から萬屋、梅屋、蔦屋、仙石屋と並び、1881年の大火以前はいずれも茅葺だった。
  • 新潟駅発着3路線の市内中心部の経路は以前、往路がバスセンター12番線始発・八千代橋-鍛治小路-BSN前経由、復路は白山駅前-市役所前-古町経由・バスセンター前終着となっていたが、2007年11月1日から市のオムニバスタウン事業の一環で、往復とも柾谷小路・はくさん通り経由に経路を統一している。