元禄

全て 名詞
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  • 元禄十四年の三月はだいの月であるから、五日半で行っていることになる。 海音寺潮五郎『赤穂義士』より引用
  • 元禄十五年、赤穂浪士が吉良家に討ち入りしてから百六十二年目である。 大宅壮一『炎は流れる4 明治と昭和の谷間』より引用
  • 徳川期に至っては、元禄の美人と文化以後のとはまるで好みが違っている。 長谷川時雨『明治美人伝』より引用
  • 長勲は幕末の藩主だから、元禄年間とはざっと百五十年の時代差がある。 野口武彦『忠臣蔵 ― 赤穂事件・史実の肉声』より引用
  • また、文化文政ぶんかぶんせいの美人の典型も元禄げんろく美人に対して特にこの点を主張した。 九鬼周造『「いき」の構造』より引用
  • 元禄時代の如きは非常にあかるい気持があったがやはり江戸時代は暗かった。 淡島寒月『亡び行く江戸趣味』より引用
  • 元禄以来形容語はきわめて必要なるもののほか俳句には用いられざりき。 正岡子規『俳人蕪村』より引用
  • その点においては元禄の芭蕉に次ぐものといってさしつかえないと思う。 高浜虚子『俳句の作りよう』より引用
  • 麻布という字が当てられるようになったのは江戸時代の元禄期からといわれる。
  • 新大橋は、長さ百八間、元禄げんろく六年末に出来あがったばかりの橋である。 西村京太郎『無明剣、走る』より引用
  • 七年立って、元禄十三年七月、柳沢の世話で右衛門佐ノ局の養子となる。 海音寺潮五郎『史談と史論(上)』より引用
  • 生類憐みの令は江戸時代の元禄期に出された多数のお触れのことである。
  • ちなみに江戸元禄期は、反当たり一石五斗が上田じようでんの基準とされていました。 井上ひさし『コメの話』より引用
  • 天和三年の四百両は元禄十四年にはもうその額面では通用しなかった。 野口武彦『忠臣蔵 ― 赤穂事件・史実の肉声』より引用
  • 吉良邸に赤穂浪士が討ち入った元禄赤穂事件の舞台として知られている。
  • 死甲斐のある死に方をしたいと思い、元禄十四年以後を生きて来た。 峰隆一郎『人斬り弥介 第02巻 平三郎の首』より引用
  • その夫婦の孫が元禄赤穂事件において主君に忠死した大石良雄であった。
  • 元禄十六年にも、江戸では犬を切った武士が処罰されつづけている。 星新一『殿さまの日』より引用
  • そういうと嘘のようだが、元禄期の諸大名の内証は皆そうであった。 池宮彰一郎『四十七人の刺客(下)』より引用
  • それを私は五代の綱吉の時代、更に限定していえば元禄時代にみる。 唐木順三『無用者の系譜』より引用
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