元就は大内

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  • 翌4月に元就は大内義長を自害に追い込み、大内領をほぼ手中に収めた。
  • これを聞いた毛利元就は大内氏の本国である周防・長門両国への本格的な侵攻を開始して大内氏そのものを滅ぼしてしまうのである。
  • この頃、既に元就は大内氏からの独立の機を伺っていたとする意見もあるが、それを裏付けるような史料はなく、後世の脚色と考えられる。
  • 毛利元就は大内義隆に援軍を要請し援軍到着後尼子氏を撃破する。
  • その後、しびれを切らした晴賢が毛利傘下の安芸国人衆に対して直接出兵を要求したことが露呈したため、ついに元就は大内氏からの離反・独立を決めた。
  • 元就は大内氏に従って敗北を喫した前回の月山富田城攻めの戦訓を活かし、無理な攻城はせず、策略を張り巡らした。
  • 防長経略によって大内領を併呑した中国地方の雄・毛利元就は大内領であった北九州への侵攻を開始、豊前国の要衝であった松山城を攻略して、勇将・天野隆重、杉氏の一族・杉重良を入れた。
  • 天文24年10月の厳島の戦いにより、毛利元就は大内軍の主力である陶晴賢軍を撃破し、その勢いをもって周防・長門両国の攻略を計画した。