元就の娘

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  • しかし、のちに毛利元就が高橋氏の旧領の一部を割譲するなどして元源に接近し、1534年に嫡孫・隆家の妻に元就の娘を迎え、毛利氏と和睦した。
  • 勝気な女性であったのか、毛利元就の娘で宍戸隆家の妻・五龍局と険悪な雰囲気があったらしく、家中の和を望む元就に「三子教訓状」でその事をたしなめられている。
  • 当時の河野氏当主は河野通宣で、毛利元就の娘婿であった宍戸隆家の娘を妻としており、毛利氏は河野氏と姻戚関係にあり、また瀬戸内海の支配権を巡って村上水軍とも協力関係にあった。
  • 元就の娘婿宍戸隆家と血縁だったことから、彼を通じてしだいに安芸の毛利氏に接近するようになり、1553年、毛利氏に服属するようになった。
  • その子である宍戸元源は勇将と知られ、安芸国人の盟主格の毛利氏とたびたび抗争しこれを苦しめたが、毛利元就の代になると和解し、孫である宍戸隆家の妻に元就の娘五龍局を迎え、以後宍戸氏は毛利氏と協力関係となり、天文9年の吉田郡山城の戦いでは出雲国の尼子詮久を撃退するのに協力した。