元号案

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  • 「光文」は宮内省案には全く存在せず、内閣の元号案に提示されているのみであった。
  • 元号作成の中心に当たっていたのは当時の宮内省であり、それとは全く別個に内閣でも元号案を作成していた。
  • しかし『帝諡考』は刊行したものの、病状の悪化により、自ら見いだした吉田増蔵に後を託しており、後年この吉田が未完の『元号考』の刊行に尽力し、元号案「昭和」を提出した。
  • 当時枢密院議長だった倉富勇三郎の日記によれば、宮内省作成の元号案として「神化」「元化」「昭和」「同和」「継明」「順明」「明保」「寛安」「元安」があったが、数回の勘申の結果、「昭和」を候補とし、「元化」「同和」を参考とする最終案が決定した。
  • なお大正天皇実録によれば元号案として「大正」「天興」「興化」「永安」「乾徳」「昭徳」の案があったが、最終案で「大正」「天興」「興化」に絞られ、枢密顧問の審議により「大正」に決定した。
  • 元号案の一覧として、宮内省第一元号案「神化」「元化」「昭和」「同和」「継明」「順明」「明保」「寛安」「元安」、宮内省勘申第二案「昭和」「神化」「元化」「同和」、宮内省勘申第三案「昭和」「神化」「元化」、最終案「昭和」「元化」「同和」が候補として選定されていた。