何ぞ知ら

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  • 何ぞ知らんや上杉軍は半里の前方に展開しているのであった。 菊池寛『川中島合戦』より引用
  • 何ぞ知らん、すでに兵車の用意は先にできていたのである。 吉川英治『三国志』より引用
  • 何ぞ知らん、彼ほど酒と健康に小心なものはないのだった。 吉川英治『新書太閤記(五)』より引用
  • 何ぞ知らん、国際性を失つたかわりに映画はそのとき始めて確実に民族のふところにかえつたのである。 伊丹万作『映画と民族性』より引用
  • 念のため、大西君がおらんようになった翌日、ほうぼうに電話して、何ぞ知らんかいうて訊いてみたんですわ。 中村弦『天使の歩廊 ある建築家をめぐる物語』より引用
  • 何ぞ知らん伏勢ふくぜいがあったのである。 吉川英治『新書太閤記(六)』より引用
  • が、何ぞ知らん、警視庁の狙いは、ここを橋頭として昭電の内部に攻撃をかけつつあったのである。 松本清張『日本の黒い霧(上)』より引用
  • と、ひそかにたのみ安んじて、進むはそれの解くる日にありとしていた雪は、何ぞ知らん、事今日に到ってみると、敵国の防壁と化していた。 吉川英治『新書太閤記(九)』より引用
  • 何ぞ知らん、味方の大将の李典、許〓そのほか将士百人ばかり、山越えで逃げてきたものだった。 吉川英治『三国志(五)』より引用
  • 何ぞ知らん、藤吉郎直属の城兵であろうとは。 吉川英治『新書太閤記(四)』より引用
  • そういえば、京馬らの逃避行にも、この御両人だけはその影の匂いもなく、さすがは剣の神人とならび称せられた方々ではある、と思っていたが、何ぞ知らん、彼らもここで待ち受けていたのか。 山田風太郎『忍法剣士伝』より引用
  • 蜘蛛六は、手洟てばなをひッかけるような顔してわらったが、何ぞ知らん、それから五十日、百日と日が経つうち、いつか猿はこの獄内で、ほんとに闇を照らす太陽になってしまったのである。 吉川英治『茶漬三略』より引用
  • 神尾主膳には、特に尊王佐幕のイデオロギーがあるわけではなく、世道人心に激するところがあるというわけではないが、何ぞ知らん、やっぱり時代の潮流の圧迫というものを身に受けているのでありました。 中里介山『大菩薩峠』より引用
  • 何ぞ知らん此家は青樓の一で、今女に導かれて入つた座敷は海に臨んだ一室ひとまらんれば港内は勿論入江の奧、野の末、さては西なる海のはてまでも見渡されるのである。 国木田独歩『少年の悲哀』より引用
  • 秀吉の行装ぎようそう一列が、まばゆい朝日の下を、桑実寺の門前町から流れ出てゆく時、使者の蘭丸もまた安土の城門へむかって帰っていたが、何ぞ知らん、この地上におけるこう二人の相識そうしきは、この時が終りだった。 吉川英治『新書太閤記(六)』より引用
  • 何ぞ知らん、彼よみすてていふ。 会津八一『自註鹿鳴集』より引用
  • 何ぞ知らん、実情は取調べにあたった当の加賀と勘定方の者が、服部と富商たちの饗応きようおうをうけ、女を抱かされて、真相をおおった報告を出したのであった。 藤沢周平『隠し剣秋風抄』より引用
  • 彼は、後方の万全を期したつもりで、勇躍、徐州城から馬をすすめて行ったが、何ぞ知らん、その糜竺も、疾くから陳大夫父子と気脈を通じて、呂布の陥穽かんせいを掘っていた一人だったのである。 吉川英治『三国志』より引用
  • などと小理窟こねて、憤々として帰る武芸者もあるが、何ぞ知らん、石舟斎はすでに去年、世に亡き人になっていた。 吉川英治『宮本武蔵』より引用
  • 魏延は手勢数千をもって、桟道さんどうを焼き落し、南谷を隔てて、 「楊儀ようぎ姜維きょういに一泡吹かせてくれん」と、構えていたものだが、何ぞ知らん、その相手が間道づたいにうしろへ迫っていたことに気づかなかった。 吉川英治『三国志』より引用