人身御供伝説
6 の例文
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折口信夫の論じた「まれびと信仰」では、外界から来た客人を神もしくは神の使者として扱うとしており、旅人を生贄とすることは、神に近い存在の巫女を生贄にすることと共通点があると考察される。多くの人身御供伝説では、生贄の対象が女性である場合が目立つ。しかし、中山や高木は生贄に男子の場合も紹介している。
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しかしその他の人身御供伝説については、毎年一人という条件があるだけで、生贄となる者の合計などは定まっていないと指摘している。中山太郎は著書「日本巫女史」の中で、巫女や旅人が人身御供となったと考えられる事例をあげている。
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これが山にて小児が失踪する神隠しの一つの所以であるとも考えられる。神話学者の高木敏雄は「日本神話伝説の研究」において、人身御供伝説の形式と分類を行っている。
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即ち、「娘を奪う山の神」、「火の神の使い」、「雪の中に咲く百合の花」、「白神岬の祟」などである。これがその他の人身御供伝説と異なるのは、勇者や僧侶が人身御供となる犠牲人を助ける展開がなく、人身御供の儀式が決行され、しかもその後に後味の悪い結末が用意されている点である。例えば、「火の神の使い」では神の怒りを鎮めるための人身御供が行われたにも関わらず、神の怒りが鎮まらず、村人が全員死んでしまう。
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青木純二の「アイヌの伝説」では、神話学者高木敏雄が早太郎童話論考にて分類した人身御供伝説の形式以外に特異な展開を見せる伝説が書かれている。即ち、「娘を奪う山の神」、「火の神の使い」、「雪の中に咲く百合の花」、「白神岬の祟」などである。
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