中山伝信録

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  • 帰国後に、約8ヶ月間の滞在記録を『中山伝信録』としてまとめた。 ...
  • 実際には宮古島の北西にある池間島が、1721年の『中山伝信録』に誤って宮古島の南東にあると記され、これを参考にしたその後の文献や海図に、池間島とは別の島として掲載されたものと考えられている。 ...
  • 有名な徐葆光じょほこうの『中山伝信録ちゅうざんでんしんろく』が、ちょうど世に公けにせられた頃に、琉球では雍正ようせい九年の朝議というものがあって、是が大きな問題となり、その文書は今も伝わっている。 ...
  • 琉球に道教が伝来した正確な時期を示す文献はないが、1719年に来琉した冊封使・徐葆光の『中山伝信録』の中に、道教の竈祭が行われていたとの記述があることから、18世紀初頭には道教が信仰されていた事実を確認できる。 ...
  • 本書は日本に輸入されて、『重刻中山伝信録』と称する和刻本が累次刊行され、江戸時代の学者はこの書から琉球の知識を学んだ。 ...
  • フランス人イエズス会士で清にわたったが1751年にフランス語で著した『シナ人が琉球諸島と呼ぶ諸島についての覚書』には、『中山伝信録』が抄録されたが、ここでも宮古島の南東にイキマ島が記され、その存在がヨーロッパに広まることになった。 ...
  • また、1720年に琉球王国に冊封副使として赴き、約8ヶ月を沖縄本島で過ごした清の官僚徐葆光の滞在記録『中山伝信録』においては、巻第二では天使館で提供された食料について「米肌は白酒の如きなるもやや薄い」と記しており、「米肌」は「みき」の音訳、白酒はどぶろくと見られる。 ...
  • 馬琴は琉球について、徐葆光の『中山伝信録』と森島中良の『琉球談』などを参考にして解説し、当時の日本人にとって、異国情緒のある琉球を舞台に仕上げている。 ...
  • 沖縄本島と中国福州の航路上にあり、琉球王府時代には航海の標識として重要であったため、冊封使によって航行中にこの島を見たことが記録されており、陳侃の『使琉球録』では「釣魚嶼」と、徐葆光の『中山伝信録』では「釣魚台」とされている。 ...
  • しかし、『中山伝信録』に付された「琉球三十六島図」という地図では「伊奇麻」は「太平山」の北西に描かれており、徐葆光は『中山伝信録』本文では池間島の位置を誤って記載としたものと考えられている。 ...
  • 曲亭馬琴作の『椿説弓張月』は、特に、1765年に出版された徐葆光著『中山伝信録』の和刻本と、それを読みやすく抜き出して書き直した森島中良の『琉球談』の2つから、登場人物のモデルを多く採用している。 ...
  • 清の冊封副使として琉球王国に赴いた徐葆光が1721年に著した『中山伝信録』には「太平山、一名麻姑山 始為宮古、後為迷姑、今為麻姑」と記されている。 ...
  • 沖縄県令の西村捨三は部下の石澤兵吾に現地住人からの聞き取り調査を行わせ、9月21日に石澤が現地住人から受け取った報告書では、「『中山伝信録』の赤尾嶼は久米赤島、黄尾嶼は久場島、釣魚台は魚釣島に相当すへき」と記された。 ...
  • 方言で「エージダキ」といい、『中山伝信録』には「八頭嶽」と記載され、『琉球国由来記』には「八重瀬嶽御イビ」とある。 ...
  • 門人に平賀源内・中川淳庵・曽占春などがおり、『人参譜』『人参耕作記』『中山伝信録物産考』『琉球物産誌』など多くの著作を著した。 ...