中務大輔

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  • 本多中務大輔なかつかさだいふの邸を過ぎ、書替御役所の前を通り、南の方へ歩いて行く。 国枝史郎『前記天満焼』より引用
  • ところが、或年の冬、中務大輔はにわかに煩いついて亡き人の数に入った。 堀辰雄『曠野』より引用
  • 系譜上で中務大輔という人物を特定できないが、村上持清の可能性がある。
  • のち、中務大輔・民部大輔を経て、弘仁14年蔵人頭・左中弁に任ぜられる。
  • 本多中務大輔忠良なかつかさだゆうただよしはこうして側用人格に取り立てられた一人であった。 海音寺潮五郎『江戸城大奥列伝』より引用
  • 貞観6年従四位下に直叙され、翌貞観7年中務大輔に任ぜられる。
  • そのころ西の京の六条のほとりに中務大輔なかつかさのたいふなにがしという人が住まっていた。 堀辰雄『曠野』より引用
  • 初め中務大輔を名乗っていたが、永正15年には従五位下安房守に任じられた。
  • 元治元年12月19日には中務大輔に遷任するなど、幕府の信は厚かった。
  • 中務大輔もはっきりと満信の子であるとはわからないし、実名も不明で推測で村上持清のことではないかとしたが定かではない。
  • 主人の有馬中務大輔慶頼なかつかさたいふよしよりは登城して留守だったが、精姫あきひめ様の部屋へやには客があった。 平岩弓枝『ちっちゃなかみさん』より引用
  • 満信以降、村上中務大輔という者が反守護の中心となる。
  • 本多中務大輔なかつかさたいふの屋敷の前を通り、書替御役所の前を過ぎ、北の方へ歩いて行く。 国枝史郎『前記天満焼』より引用
  • 時期は明らかでないが中務大輔を務めた。
  • が、そうやって世の中から殆ど隔絶しているうちに、その中務大輔のところでは暮らし向きの悪くなってゆく一方であることは、毎日女のもとに通って来るむこにも漸くはっきりと分かるようになった。 堀辰雄『曠野』より引用
  • 元亀元年4月、織田信長が越前に侵攻してきた際は、武田中務大輔とともに一乗谷を守備している。
  • 高村大和守通武は一峯公の命にて、佐竹東家の中務大輔政義に仕えるという。
  • 家督継承に際して従四位下・侍従・中務大輔に叙位・任官された。
  • 推測でしかないが、この戦いの結果、援軍を得られなかった村上中務大輔は滅亡もしくは衰退したのではないだろうか。
  • 仁明朝では、内匠頭・中務大輔・縫殿頭・左兵庫頭と京官を歴任するが、昇叙されることはなかった。
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