世継ぎ公子

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  • 兄のエルンストが夭折したため、幼い頃から公爵家の世継ぎ公子として育てられた。
  • 長男の世継ぎ公子フリードリヒに先立たれていたため、公爵位は孫のレオポルト4世が相続した。
  • その1カ月後に選帝侯家の世継ぎ公子フリードリヒ・ヴィルヘルムの傅育官長に任命され、この職を9年近く務めた。
  • その後継者イヴァン3世も父の政策を踏襲し、その妹であるアンナはリャザンの世継ぎ公子ヴァシーリーと一緒に育てられた。
  • ヴェッティン家が一族全体でカトリック信徒となったことは、ルター派の領民達を激しく憤激させる恐れがあったため、世継ぎ公子の改宗は1717年まで秘匿されていた。
  • アウグステンボー公爵家はデンマーク王家の分枝の一つで、世継ぎ公子のフリードリヒは子供のないフレゼリク7世の有力な後継候補の1人だった。
  • ルイーセの男系子孫が仮に王位を継ぐことになっても、その子孫たちがデンマーク王家の血縁者でないということにならないために、宰相は「半王族」といえる立場にあるアウグステンボー公爵家の世継ぎ公子をルイーセの夫に選んだのである。
  • バーデンの世継ぎ公子カール・ルートヴィヒと、その妻でヘッセン=ダルムシュタット方伯ルートヴィヒ9世の娘であるアマーリエの間の五女として生まれた。
  • プラハに生まれ、1216年に12歳でシロンスクの世継ぎ公子ヘンリク2世と結婚し、10人の子供を授かった。
  • 最初の夫ルートヴィヒは若くして亡くなったため、1688年にルドヴィカはプファルツ選帝侯家の世継ぎ公子カール・フィリップと再婚し、3人の娘をもうけた。
  • その際、両家の息子と娘との婚約が取り決められ、マリヤは1452年、当時はモスクワ大公家の世継ぎ公子だったイヴァン3世と結婚し、1458年に一人息子イヴァンを産んだ。
  • ゾフィー・シャルロッテはオルデンブルク大公家の世継ぎ公子だったフリードリヒ・アウグストと、その最初の妻でプロイセン王子フリードリヒ・カールの娘であるエリーザベト・アンナの間の長女として、オルデンブルクのオルデンブルク城で生まれた。
  • フリードリヒ・アウグスト1世の息子フリードリヒ・アウグスト2世も、世継ぎ公子だった1712年にカトリックに改宗した。
  • 母方の叔父のハノーファー選帝侯エルンスト・アウグストの妻ゾフィーの執り成しにより、ヴィルヘルミーネはゾフィーの甥にあたるプファルツ選帝侯の世継ぎ公子カールと結婚することになった。
  • ミハイルの治世中、本家筋であるモスクワ大公イヴァン3世による公国への圧力は強まってゆき、1483年にはミハイルの世継ぎ公子ヴァシーリーとその妻マリヤ・パレオロギナが、イヴァン3世の勘気を蒙って隣国リトアニアに亡命する事件まで起きた。

世継ぎ公子 の使われ方