テオドシウス法典

全て 名詞
16 の例文 (0.00 秒)
  • この事件はテオドシウス法典の中に記録されている。 ...
  • それに一連の法律を追加をしつつ運用され、再びローマ法が一つの法典に構築されたのは紀元後438年のテオドシウス法典のことである。 ...
  • これはテオドシウス2世のテオドシウス法典に盛り込まれていたもので、アラリック2世の聖務日課書にも収められていた。
  • 代わりに、西洋帝国の崩壊と、旧ローマ国家の下という背景下で、支配階級は、テオドシウス法典に基づいてゲール語とゲルマン法を施行した。 ...
  • この法典は東帝テオドシウス2世と西帝ウァレンティニアヌス3世との連名で発布され、理念上はローマ帝国が東西一体であることを強調するものであったが、結果としてローマ法は『テオドシウス法典』を最後にして帝国の東と西とで異なる発展を遂げることになった。
  • テオドシウス法典研究会によって、コンスタンティヌス帝が発布したとされる法令の全訳および注釈がなされている。
  • ガイウス、ウルピアヌスなど古典期の法律家の著作やテオドシウス法典はまだ知られていたものの、その内容はあまりに高度であると考えられ、ゲルマン的慣習に適するように書き換えられてしまった。 ...
  • 最初の用例は1743年にゴドフレドゥスが校定したテオドシウス法典の巻末付録に見出されるという。 ...
  • これ以前にも3世紀末に『』や『』などの勅法集があったが、それらは私撰の勅法集で、『テオドシウス法典』は初めての官撰勅法集だった。 ...
  • ただしテオドシウス法典によれば、この工事は413年に完成したとされているのだが、1993年の発掘調査の結果、この工事は9年を要したことが分かり、したがって着工は先帝アルカディウスの治世中の404/5年であったことになる。 ...
  • テオドシウス法典は東ローマ皇帝テオドシウス2世が編纂させたローマ法の法典である。 ...
  • こうした混乱を是正するため過去には『』『』『テオドシウス法典』等が編纂され、特に『テオドシウス法典』は法の混乱を相当に改善したものであったが、ユスティニアヌス1世の時代は『テオドシウス法典』の発布からも90年が過ぎており、法体系の再整備が必要とされていた。 ...
  • 政治は重臣が行ない、その在位中に「テオドシウスの城壁」と呼ばれる難攻不落の大城壁建造による首都コンスタンティノポリスの防衛強化や『テオドシウス法典』の整備など、東ローマ帝国の基礎が作られたのである。 ...
  • 西方領土では引き続き『テオドシウス法典』が用いられ続け、東方領土の地方都市では一世紀もすると法典が忘れ去られて司教を仲裁人とした法廷での調停が好まれるようになった。 ...
  • テオドシウス法典は、東ローマ皇帝テオドシウス2世が編纂させたローマ法の法典である。